さらばジェームズ・ボンド!クレイグ最後のボンド作品も有終の美は飾れずな『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』をネタバレありで評価!

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ


監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
出演:ダニエル・クレイグ、レア・セドゥ、ラミ・マレック、ラシャーナ・リンチ、ベン・ウィショー、アナ・デ・アルマス、ナオミ・ハリス、クリストフ・ヴァルツ、ジェフリー・ライト、レイフ・ファインズ 他
言語:英語
リリース年:2021
評価★★★★☆☆☆☆☆☆

No Time to Die(2021) ©Eon Productions『参照:https://www.imdb.com


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~”ダニエル・クレイグ、15年間有難う。最後まで新時代のボンドが持つ絶妙な魅力を貫いて欲しかったけど、完全に00エージェントの顔よりも家族を愛する男の顔になっちゃいましたね”~
~”ボンドの人間臭さにフォーカスが当たり過ぎてヴィランが目も当てられない程蔑ろに。私としては『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の醍醐味は、ストーリーやキャラクターよりもアクション”~

もくじ


あらすじ

スペクターの一員、ミスター・ホワイトに家族を殺害されたリューツィファー・サフィン
サフィンは復讐に乗り出すがミスター・ホワイトの幼い娘、マドレーヌだけは救ったのだった
そして時は流れ、現役を退いたボンドはマドレーヌと共に幸せで静かな生活を送っていた
マテーラで過ごす2人だが、突如スペクターの傭兵による襲撃を受けてしまう
間一髪で返り討って逃走に成功するが、ボンドはマドレーヌが裏切ったと確信
涙ながらに裏切りを否定するマドレーヌを信じず、ボンドは別れを告げる
それから5年、ジャマイカで穏やかな引退生活を一人楽しんでいたボンドに、
CIA諜報員の旧友フィリックス・ライターから任務の協力要請が入る
MI6の研究所から細菌学者がスペクターに拉致され、奪還して欲しいとの事だった
現役復帰したボンドは、やがてスペクターを超える正体不明の敵が存在する事を知る
世界を破滅させかねない危険兵器を操る謎の敵との過酷な闘いがボンドを待ち受けるのだった


レビュー

ダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンド第五作にして、クレイグとしては最後のボンド映画となる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』。第一線を退いたボンドが最愛の女性、マドレーヌ・スワンの因果で新たな任務に挑む姿が描かれます。007 カジノ・ロワイヤル』(2008年)で華々しくリブートを果たして以来、今シリーズのボンド作品が持つグリッティなアクションとストーリーに心酔していた私としては、COVID-19の影響で1年以上も繰り返し劇場公開が延期となった事に何度落胆した事か。

公開日に劇場へ駆け付けて鑑賞するほど心待ちにしていた作品でした。そんな『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』に拍手喝采を送る評価が出来ないのは、私としても実に心苦しい限り。

シリーズ史上最長の163分に及ぶランタイムは、ボンドのキャラクターとストーリーに終着点を与える事や多くのファンに酷評された前作『007 スペクター』(2008年)の汚名を返上するなど『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』に課せられた重圧を考えれば一見納得が行きそうですが、ストーリーとしては締まりが無く薄く広く仕上がった印象。乱暴に言えば、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』には作品としての冒険心や物語としてのクリエイティビティが感じられません。

観た事がある、聴いた事がある、感じた事がある。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は古典的な(且つ度々使い回された、ある意味安全な)フォーミュラの中で、如何にクレイグのボンドとしてのキャリアに終止符を打つかにフォーカスしている匂いが全面に漂う。主題歌の『No Time To Die』でさえ、過去に使われた『Skyfall』や『You Know My Name』と違って一度聴いただけでは耳に残らない、味気無く、輪郭が霞んでいる様な曲。
(ビリー・アイリッシュが提供した『No Time To Die』は公開前から賛否両論あった様ですが、私は公開まで敢えて曲は聴きませんでした)

オープニングがグリッピングだった分、その後の2時間近くの失速ぶりが余計に際立ってしまいます。


映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
クレイグのシャープで機敏なアクションをこなせそうなボンドのスタイルは健在も、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のテイストとは全体的にマッチしない

出典:”No Time to Die(2021) ©Eon Productions”『参照:https://www.imdb.com

幕開けは知られざるマドレーヌの過去を描く回想が飾ります。マドレーヌの父親に家族を殺されたと言う能面の男に襲われ、幼いマドレーヌだけは既の所で見逃されたものの、能面の男が植え付けた恐怖が今も脳裏を過ぎるのでした。

そして現在。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は前作『007 スペクター』(2015年)で幕となったシーンからのオープニングとなり、マドレーヌとボンドを乗せたアストン・マーティンDB5がマテーラの街をエレガントに疾駆する様子が映し出されます。00エージェントとしての第一線を退いたボンドは過去を忘れるべく、嘗て愛したヴェスパー・リンドの墓を訪れて静かに許しを乞うが、突如の爆発と共にスペクターの傭兵による奇襲を受けてしまいます。続くアクションは『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で最もアドレナリンが誘われるシーン。
(残り2時間もの間、匹敵するサスペンスやアクションが観られなかったのも惜しい事この上ない)

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グラヴィーナ・イン・プーリアの美しい眺望と街並みに似つかわしくない銃声やバイクの軋む様なエンジン音を轟かせ、(水路橋から果敢に飛び降りる素晴らしいスタントも交えながら)ボンドはマドレーヌを連れて難を逃れますが、奇襲はマドレーヌによる裏切りだと確信したボンドは彼女の言葉も聞かずに別れを告げます。

5年後。ボンドはジャマイカで穏やかな引退生活を送っていましたが、CIAの旧友フィリックス・ライターに接触されて新たな任務の協力を依頼されます。依頼当初は戦線への復帰を渋っていたボンドですが、MI6が関与している『プロジェクト・ヘラクレス』に起因する任務と知って一翼を担う事に。任務は、スペクターに拉致されたMI6に所属する細菌学者ヴァルド・オブルチェフの救出でした。

エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドの生誕祭が開催されるキューバでオブルチェフに接触できると睨んだライターの指示に従い、ボンドはCIA諜報員のパロマと共に潜入。しかしブロフェルドの返り討ちに合い、ブロフェルドは会場に集まったスペクターのメンバーにボンドを細菌を模したナノボット兵器で殺害する様に指示。スペクターが狙った『プロジェクト・ヘラクレス』は、この最新鋭の兵器開発に纏わる極秘計画たったのです。窮地に追い込まれたボンドに向けて放出されたナノボットは、スペクターの予想に反してメンバーを次々と殺してしまい、瞬時にスペクターは壊滅。混乱しつつも、オブルチェフの確保に成功したボンドはライターと合流してオブルチェフに状況を問い質し、未だ見ぬ敵の存在を知るのでした。


映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』ではMやMI6への信頼も揺いでしまう非常事態に巻き込まれてしまったボンド

出典:”No Time to Die(2021) ©Eon Productions”『参照:https://www.imdb.com

二重スパイ、世界征服、SFめいたガジェットと兵器。『スパイ映画』と聞いて思い浮かべる要素を全て揃えた『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』。

そこには『007 カジノ・ロワイヤル』のボンドに感じた緻密な計画性やカリスマ(キャラクターに限らず、ストーリー目線でも)が脈打つ事なく、慌てて作られた、しかし恰も初めから全て計画通りだったと言いたげな雰囲気が漂います。過去の作品で明示的に鏤められた伏線を華麗に回収しているのでもなく、マドレーヌやスペクターの名やキャラクターこそ前作から引き継いでいるものの、締め切りに追われた脚本家から無理に捻りだしたかの様な目新しさに欠ける張三李四なストーリーには顔を顰めずには居られない。ピアース・ブロスナンやショーン・コネリーがボンドを演じた作品のファンならいざ知らず、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は私が惚れた007とは到底言えません。

キャスト陣にはM、Qやマネーペニーら見慣れた面々に加え、ラシャーナ・リンチ演じるノーミやビリー・マグヌッセンのローガン・アッシュ、そしてスクリーンタイムは少なかったものの、ボンドに比肩すると言っても過言では無い強烈なインパクトを残したアナ・デ・アルマスのパロマなど興味深いニューフェイスが参戦していますがストーリー上の役割はいずれも薄味で扱い切れていない印象が強い。
(パロマのエッジが利いたキャラクターは、クレイグ達ての希望で脚本のレビューを担当したフィービー・ウォーラー=ブリッジの尽力が寄与した所が大きいが、如何せんスクリーンタイムが少ないので遊びの幅が足りなかった様に思います)

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の出来栄え如何によらず、15年近くボンドの十字架を背負ったクレイグには労いの声を掛けたい気持ちこそ変わりませんが、ヴェスパーに裏切られたボンドよろしく私もいつの日か『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』を受け入れられる事を切に願うばかりです。

映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
スカイ君
これは評価が分かれそうな作品だな…古き良き派か、クレイグ特有の新ボンド派か。そして新ボンド派でも人間臭い所を何処まで受け入れるか、でかなり印象が変わるハズだ
映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
モカ君
渋い感じのクレイグさん、人間味が増してカッコ付けているばかりの典型的なスパイより何枚も魅力的だと思うけど…確かに『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は今までのクレイグさんが演じたボンド作品とは結構違うかも?
映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
スカイ君
昔のボンド作品と違ってセットやカメラワークがモダンで、クレイグのハードなしかめっ面もシリアスな雰囲気もそのまま健在なのに、今作はストーリーが拍子抜けする程薄っぺらいというか幼稚で、そのミスマッチがオレはすんなり受け入れられなかったぜ。過去作品に比べてボンドもウィッティーな台詞が多いし、それなら思い切って全体的にもう少し肩の力を抜いたコメディックなスパイ映画にしても良いんじゃないかな…笑っちゃう様なガジェットとガンガン入れてさ
映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
モカ君
そう言われればそうかも知れないけど…ガジェットどうこうよりも、生身に近い、皆が共感してくれるボンドをどうしても描きたかったんじゃないかなぁ….それはそれで良いかなって思うけど!あ、ネタバレ含むレビューだからまだ観ていなかったらストーップ!『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』はやっぱり迫力溢れる映画館のスクリーンで観るのがオススメだよ!
世界征服を目論む本作のヴィランに足りないのは目付きの悪いネコと高らかなワルい笑い

リューツィファー・サフィン。オースティン・パワーズの作品から迷い込んで来たかと思う名で、ここまでストレートなら露骨にルシファー・サタンと名乗ってもらう方が諦めもつく。

醜い顔貌も、何処とも分からない訛りのある口調も、巨大な悪のアジトを棲み処にしている事も、子供の頃に見飽きた正義のヒーローに倒される為にだけ存在している典型的な悪役そのもの。163分ものランタイムがありながら、サフィンは大殺戮による世界掌握を目論む気が触れたテロリストに終始します。数百万もの人間がナノボットで殺害されかねない事態は、サフィンの気紛れな可能性も否定できない程にキャラクターのビルドアップもストーリー設計も杜撰極まりない。白黒映画の時代にこそ受け入れられた、誰もが固唾を飲んでしまう設定かも知れませんが、悪役が退屈な作品ほど魅力の無い映画はありません。

ラミ・マレックの起用も、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)でフレディー・マーキュリーの波乱に富んだ人生を見事に演じた彼のネームバリューに縋って、お粗末で穴だらけのキャラクター像を誤魔化す為かと邪推したくなるほど。

過去のボンド作品に登場するヴィランへのオマージュ(『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のスタイルそのものが、ボンド作品の原点回帰とも言える印象ですが)だとしても、オマージュを超えたあからさまな切り貼りで生まれたとしか評価できない人物です。有難い事に、目付きが悪い黒猫を撫でながら高笑いするシーンこそ遠慮した様ですが。

サフィンとマドレーヌの関係性も歪で、結局は大量殺戮兵器で世界征服を狙うメガロマニアックな悪の大首領ならば、テロリストとしての大量殺人計画にマドレーヌやMI6も載せておけば事足りるものの、敢えて個人としての復讐劇に臨む意図も汲み取り切れません。家族の死に対する報復とサフィンは語りますが、そもそも復讐心を募らせる程の人間味を感じさせるシーンが全く無い以上はチープな失笑を買うプロット・デバイスに過ぎない。


映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
ボンド最凶の敵と銘打つには及ばない、月並みで掃いて捨てる程いるマッド・テロリストの殿堂に名が加わったサフィン

出典:”No Time to Die(2021) ©Eon Productions”『参照:https://www.imdb.com

猛毒の庭園を営んでいた父をサフィンは愛していたのか。家族を殺された時、サフィンは何を感じたのか。復讐とはサディスティックな殺人行為に興じる口実に過ぎないのか。両親や兄弟、姉妹はどの様な人物だったのかはおろか、その顔すら一切分からない中で狂人の復讐劇の顛末など興味は無いし、マドレーヌとの因果も感情に訴え掛けるエッセンスが足りない。藪から棒に浮かび上がったミスター・ホワイトがサフィン一家を殺害したバックストーリーなど、日付も覚えていない朝刊の隅にある記事の様なもので食卓で一瞬話題になる程度のインパクトしかありません。

ラストに至っては、マドレーヌへの復讐なのかボンドへの復讐なのかも理解し得ない行動(ボンドへの恨みもある様に解釈できますが、サフィンとボンドに直接的な因果の有無は明確に説明されていない)に出た挙句に射殺されており、敢え無く退場。サフィンはボンドの暴力に満ちた過去と己が重なる趣旨の発言もしていますが、果たしてその過去がどの様なものなのかも語られずに幕となる流れには憤りすら感じます。公開前に再三観た予告映像から得られる以上の情報も肉付け要素も劇中には無く、表層的な虚勢にしか思えない幼稚な文句にはこちらも唖然。
(サフィンの戦闘能力も戦略的なマインドのいずれも感じ取れるシーンは全く無い)

クリストフ・ヴァルツのブロフェルドも背筋を冷や汗が伝う様な緊張感溢れるカリスマを失い、その最期のパンチに欠ける呆気なさにもやはり拍子抜け。狭い密室で睨み合うボンドとブロフェルドの間にも、そこにあるべきテンションが萎んでしまっていて見応えがない。

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フクナガ監督の手腕が光るオープニングのシーンから急激に張りが失われ、枯れて行くばかりのストーリーを眺めていると、サフィンに対する疑問に始まって細かい点にも気移りしてしまいました。一度『何故?』の雪崩が起きると、歯止めを掛けるのは難しいもの。
(ナノボットの感染による症状に統一感が無い事や、リスキーな事にパロマがイヤーピースをスペクターのパーティ会場でボンドに着用させる事もストーリーへの関心が薄れてしまったが故に重箱の隅を突いて次々と掘り起こしてしまった疑問の一部)

クレイグとしての最後のボンドを脅かすに相応しい戦略的な知性や、威圧的なオーラを感じさせる強敵に相対する事なく迎えたラストは満足に程遠いものです。マドレーヌやマチルドを死に至らしめるナノボットに感染したとは言え、『ナノボットに感染したら死ぬまで解毒できない』と発言したQを鵜呑みにして死を受け入れる点もボンドらしくない。素人考えで言えばナノ単位の小型マシンである以上は心肺停止に至らない程度の強電流を全身に流せば破壊する余地もありそうですが、英国の英知を結集させたMI6がバックに構えているにも関わらず、一も二も無くドラマティックで悲壮的な空気感へシフトするクライマックスには感動よりも違和感が湧き出てしまう。


映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
マネーペニーとQの協力こそ心強いが、彼らの間にも以前のタイトな緊張感が無くて何か物足りない

出典:”No Time to Die(2021) ©Eon Productions”『参照:https://www.imdb.com

ボンドもMI6も平凡な我々オーディエンスを容易に出し抜き、欺き、驚かせるからこそ鼻に付く様な台詞ですら魅力的なのであって、凡人ですら失笑しかねない失態を重ねると、その気障な演出もバックファイアして二重にも三重にも見苦しい醜態を晒す事になってしまう。

国家機密で、尋常ではない脅威となり得るナノボットを易々と奪取された挙句に有力なカウンターメジャーを用意しておらず慌てふためくMI6や、ナノボット開発のキーマンだったオブルチェフを半ば苛立ちに任せて殺してしまうノーミの行動も理解に及ばない。M、Q、マネーペニーを始め、シリーズ史上最も多くのMI6メンバーを揃えながら、シリーズ史上最も無能なMI6を垣間見る事になったのもジョークのつもりかも知れませんが、個人的には笑えませんでした。ジュディ・デンチの侮れない凛とした立ち居振る舞いや良く研がれたナイフの様にシャープでウィットのある言葉の切り返しの数々が実に恋しい。

個々のサポーティング・キャストも大材小用で、パフォーマンスに幅も無く才を持て余している様にも思えました。髪と共に以前のハードな雰囲気も消え去ったらしいフィリックス・ライターも観ていて居心地が良く無かったし、その死にもあるべき重みが感じられず、リンチのノーミも次期007のキャスティングに一石を投じる役割が主で、ストーリー上の立ち位置は特筆すべき点が無い。
(個人的には『ダイバーシティ』が本来の目的を見失い、便利な印籠と化している昨今の潮流には辟易していると言わざるを得ません)

幸いにもアクションは観どころだが、映画としてもキャラクターとしても様々な表情を詰め込んだ『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は一見しただけでは受け入れ難い

分かり易い事に『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のダウンサイドがストーリーだとすると、最大のアップサイドはストーリーを脇に置いたアクション。

スペクターの奇襲が繰り広げる冒頭のアクションは、カオティックなカットの連続ではなく、アクションの一挙手一投足まで追える様になっていてボンドの心臓の鼓動まで聞こえて来そうな臨場感が溢れており、大満足。バイクで建物の外階段を駆け上がり、外壁を飛び超えるスタントには思わず驚きの笑みが零れました。ショットも上空から全体を映す様に設計されていて、スタントの難易度と迫力が如実に伝わる素晴らしいカットです。

クレイグが務めるボンドに求めたい、ハイペースでグリッティなアクションを最も感じさせてくれるシークエンスでした。

そしてクレイグの巧みなパフォーマンスに早々に驚嘆したのもこのシークエンスでのこと。スペクターに取り囲まれたDB5に乗ったまま銃撃され続けてなお微動だにせず、反撃も逃走もしないボンド。弾丸に慄くマドレーヌをも一瞥する事なく、唯々彼の強烈な失意と怒りが痛い程に感じ取れます。

『僕は心から愛した人に裏切られた。君は心から愛してくれた人を裏切った。ここで死のうが生きようが、誰が構うものか』と聞こえて来る様です。

シルキーなカクテル・ドレスを纏ったパロマとボンドのタッグがキューバで挑んだ敵陣での奪還劇も充分にエンターテイニング。クレイグとデ・アルマスがテンポ良くダンスしている様な、スタイリッシュなアクションを魅せてくれます。デ・アルマスのコレオグラフィはボンドと大きく異なり、スリットの入ったドレスを最大限に活かした脚技を使ったコンバット・スタイルが採用されている事も印象深い。パロマの絶妙な入退場のさせ方にはMCU作品を彷彿とさせるやり口が感じられますが、抜群の美女でありながら天然気質なギャップが憎めない所以。パロマの活躍が再び銀幕を賑わす日が来るか、期待が高まります。


映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
数ある名車の中でもDB5の圧倒的な美しさを思い知らされるカーチェイス。やはり車好きならば、永遠に垂涎の的と言って間違いありません

出典:”No Time to Die(2021) ©Eon Productions”『参照:https://www.imdb.com

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』に作品としての興味深い試みが1つあるとすれば、(サフィンとは対照的に)ボンドの人間としての側面をこれまで以上に深く覗き、紐解いて行こうとしている事でしょう。個人的には、興味深いだけで良いアイディアとは思いませんでしたが。

『007 カジノ・ロワイヤル』でのボンドも愛情に突き動かされ(恋に落ちるボンドが描かれるのは『女王陛下の007』(1969年)以来この作品が初めて)、愛する女性の為ならば00エージェントとしての身分を捨てて引退する事さえ吝かではありませんでした。当初から殺しの許可証を持つクールで冷淡な従来のボンドを超えて、一歩オーディエンスに近付いた人間味のあるキャラクターとして描かれていましたが、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は近付き過ぎた節があります。女性に対する性愛を超えた、家族への愛情を知るボンドになってしまったから。

不適な笑みを湛えたシャープなマスクの下から、様々な表情が見え隠れする『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のボンドは、最早私の知る偏屈でスマートなポーカーフェイスでは無くなっています。私にとって、ボンドは完全には理解し得ないフィクショナルな超人であって、大衆の誰もが共感できるファミリーマンではありません。マドレーヌとボンドの関係も、マチルドが投入された事で大きくダイナミクスが変わってしまい、雲上のキャラクターが地に降りてしまった様な印象。キャラクターとしての成長よりも、キャラクターとしての魅力を失った様に感じてしまいました。

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セドゥとクレイグの間に一切のケミストリーが感じられない事も弱り目に祟り目。
(『007 カジノ・ロワイヤル』のエヴァ・グリーンもクレイグとは相容れない印象を受けましたが、クレイグとケミストリーを感じさせてくれる俳優は貴重なのでしょうか)


映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の評価とネタバレあり感想
”情が深い”の一線を超えて、ファミリーマンになってしまったボンドは…やはり受け付けない

出典:”No Time to Die(2021) ©Eon Productions”『参照:https://www.imdb.com

クレイグが『007 カジノ・ロワイヤル』で鮮烈にボンドとしてデビューするまで、ジェームズ・ボンドの作品と言えば1900年代のブラウン管を想起させる陳腐で湿気た名作に過ぎませんでした。アイコニックに違いありませんが、高級車と高級スーツを纏った(現代でこそ物議を醸す様な)マチズモ溢れるハンサムなスパイ界の貴公子である事以上に、取り立てて書く事も無い。『007 カジノ・ロワイヤル』は、そんなボンド作品に新たな息吹とアドレナリンを吹き込み、『スパイ映画』を再定義するマイルストンとなる革新的な映画でした。

タイムレスなキャラクター像を維持しながら新たなスタイルを融合させたクレイグの斬新とも言えるボンド史に鑑みると、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は過去のボンド作品の食べ残しを温めてプレートに寄せ集めた様な映画で、それでも美味しく感じる程の熱狂的な歴代作品のファンを除けば納得が行く出来栄えではありません。クレイグのボンドとしてのキャリアには確かな終止符が打たれましたが、マイルストンと呼べる作品には至たらず。

思えば、クレイグは『007 スカイフォール』(2012年)や『007 スペクター』(2015年)で幕にする構成にしても良かったのかも知れない。

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』はクレイグのボンドとの別れを惜しむのではなく、早く別れて次に進みたがっている気持ちを隠し切れない恋人が急いで考えた別れ話を聞いている様な作品で、最後にはこちらも肩を竦めて『君がそこまで言うなら』と静かに席を後にするしかありませんでした。


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『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は2021年10月1日より全国の劇場で公開しておりますので、映画館へ足を運んでみてください。辛口での評価となってしまいましたが、やはりボンド作品は大スクリーンで鑑賞しないと勿体ないので是非。

まとめ

クールと人間臭さの絶妙なバランスが取れたグリッティなボンドは何処へ。

ストーリー構成や設計の緩みは原点回帰と言えなくもありませんが、クレイグの代でボンドを再定義した意味が失われた印象。緻密な計算や細部への拘りもなく、使い回されてボロ布の様になった設定の悪役と結末を投じて幕になってしまう事が悔やまれます。

これまでに無かった人間味の片鱗を保ちつつ、リアリティを追求しつつ、しかし飽く迄もスマートで伝説的な00エージェントのクールな魅力は踏襲しつつ、そして目を見張る様なストーリーで楽しませつつ。私の要求が欲張り過ぎなのでしょうか。

クレイグのボンドになら出来るものと期待していましたが、15年もの歳月はボンドとして『死ぬべき時《タイム・トゥー・ダイ》』を逃してしまっていたのかも知れません。

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
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