WAVES/ウェイブス
監督:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー、レネイ・エリース・ゴールズベリイ 他
言語:英語
リリース年:2019
評価:★★★★★★☆☆☆☆
Waves(2019) © A24『参照:https://www.imdb.com』
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~”少し人生をスローダウンして黄昏れたい…人の人生って何だろう?間違いを犯してしまった時、傷をつけたり、つけられてしまった時はどうしたら良いんだろう?そんな事を考えさせてくれる作品”~
~”独特のビジュアルとマッチした音楽が作品に何とも言えないビートと生命力を与えつつも、もう少し映画としてバランス良く踏み込めるエリアが残る…”~
もくじ
あらすじ
フロリダ州の高校生タイラーは裕福な家に生まれ育った
タイラーはレスリング部の主力として活躍しており、恋人のアレクシスと充実した日々を送る
羨まれるような生活を送っていたタイラーだったが、一つだけ悩みの種があった
それは父親のロナルドの存在
息子の成長を願うあまり、ロナルドは息子に対して異様なほど厳しく接していた
タイラーはロナルドの指導の下、絶えずトレーニングに励んでいた
そんなある日、タイラーの将来に暗い影を落とすような出来事が
それをきっかけにタイラーは自暴自棄になってしまい、家族仲にも大きな亀裂が入った。
遂にはその亀裂が決定的なものにしてしまう事件をタイラー自身が起こしてしまう・・・
レビュー
『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017年)の湿った、見えざる恐怖を煽るテイストから一転してシュルツ監督が放つのは、ネオンの眩む様なカラーイメージがスタイリッシュな『WAVES/ウェイブス』。その名の通り、さざ波が齎す複雑に絡み合う人生の痛みや喜び、突然の嵐で忽ち暗い海の深淵に沈むやり切れない理不尽に屈する絶望の中でも、一縷の光を求めて懸命に生きる家族を繊細に描いたヒューマンドラマです。
そうは言っても、『WAVES/ウェイブス』は観る者に激しい感情の起伏を与える作品ではなく、率直な印象はパープルのネオンが誘う憂鬱な胸騒ぎの様な空虚感が強い映画でした。色褪せた空が映った静かな海面の大小様々な波を一人で眺めて、寂しい様な落ち着く様な気持ちで己の人生を振り返ったり、行く末に思いを馳せたりする感覚に似ています。ケルヴィン・ハリソン・Jr演じるタイラー・ウィリアムズは、その波濤の中で目紛るしく人生を揺さぶられてしまう1人です。
日夜レスリング部のホープとしてトレーニングに励む高校生のタイラー。
裕福な家庭に恵まれ、友人に囲まれ、恋人のアレクシスと充実した日々を過ごすタイラーですが父のロナルドは息子の成長を願って止まず、厳しく接するばかり。トレーニングはロナルドが個人指導し、そのシビアなメニューに追従すべくタイラーも負けじと奮闘します。
出典:”Waves(2019) © A24″『参照:https://www.imdb.com』
しかし、その過酷なトレーニングが祟ったか、タイラーはSLAP損傷(肩関節のスポーツ障害)に悩まされる様になり、医者の忠告を無視してロナルドの鎮痛剤を密かに服用して激痛に耐えながらレスリングを続けます。将来を嘱望される若手アスリートとしての道が翳り始めた頃、追い打ちを掛ける様に恋人のアレクシスからは生理が来ていないと高校生ならば息が止まってしまう相談が入る。家族に打ち明ける事も出来ない中、既に将来への不安に加えて突如降り掛かった更なる窮愁に耐えられず、タイラーは次第に自暴自棄に。
一路順風に思えた人生が何の前触れも無く、理不尽に壊れ行くのをどうしようも無く見守るだけの恐怖と混乱。
強い焦燥感に駆られ、遂にタイラーは自らの手で取り返しがつかない事態を招いてしまい、彼はウィリアムズ一家にも深い傷跡を遺してしまいます。『WAVES/ウェイブス』のクライマックスを迎えた後は項垂れるタイラーを嘆きと悲哀に満ちた眼差しで見つめる妹のエミリーが、ラストに向けてストーリーの語り手となります。エネルギッシュで彩りが鮮やかだったタイラーの視点とは打って変わって、痛々しい創痕の癒えぬ哀しみをどの様に背負って生きるか模索するエミリーを、メロウなトーンと緩やかなペースで追います。
『WAVES/ウェイブス』は兄妹のキャラクターとストーリーを別々に語りながら、スムーズで自然に1つのドラマとして仕立てているのは実に見事です。
出典:”Waves(2019) © A24″『参照:https://www.imdb.com』
失意に沈むエミリーがルーカス・ヘッジズ演じるルークと出会い、その後は全く別の映画の様にも思える流れへと舵が切られますが、前後で柱となるキャラクターに焦点をしっかり当てていた事とハリソン・Jr、そしてテイラー・ラッセルのパフォーマンスが(に依存し過ぎるのはリスキーですが)シュルツ監督の目論見通り功を奏したと言えます。
タイラーのクライマックスがそれまでの喘ぐ様な閉塞感を断ち切った事で、無理なくエミリーのストーリーが展開される構成もスマート。
『WAVES/ウェイブス』は1つ1つのシーンがグリッピングでもなければ、一気に引き寄せられる様な何かがある映画ではなく、その点ではラストまで観なければ作品の真価を感じ難い作品なので、始めから身が入らなくても辛抱強く鑑賞頂きたい1本です。
『WAVES/ウェイブス』の映画を超えた躍動感、生きているかの様なヴァイタリティ―は視覚効果の名手シュルツ監督の綿密に設計されたカメラワークが成せる業。
オープニングのショットは特に印象的で、笑顔で燥ぐタイラーとその友人たちをミラーボールが回る様に狭い車内から映し出し、スクリーンから溢れんばかりのエネルギーを漲らせています。タイラーのストーリーは幸福感に満たされていた日々に呼応するライブリーなビジュアルと共に始まり、タイラーの人生が次第に崩壊して行くに連れて、フレームは徐々にシーンの対象物を囲む様にクローズインして閉塞感を強めて行く感情の変化が、作品の生き血となって脈打つ様な生命力を感じさせてくれます。
そしてネオンの彩りが特徴的な作品だけあって、シュルツ監督の巧みなカラーパレットの使い方も無視出来ない。
『WAVES/ウェイブス』は恰も映画そのものが独特のオーラを纏った生き物の様に、シーン毎に変わった様相を見せ、スタイリッシュなブラッドオレンジとダークパープルから悲愴感が漂うセピアへ。そしてラストへ向けては柔らかいライトグリーンとブルーや温かいオレンジやブラウンが目立つ穏やかな晴れ間を覗く様な表情へと変化します。
ビジュアルに加え、音響効果も相まって(途端に歌や踊りは始まらないものの)ミュージカルの様な雰囲気や演出も個人的にはオーバーオールで楽しめる作品の特徴でした。
出典:”Waves(2019) © A24″『参照:https://www.imdb.com』
デヴィッド・フィンチャーがメガホンを取った『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)でオープニングを飾るレッド・ツェッペリンの『移民の歌(Immigrant Song)』をアレンジしたアッティカス・ロスとトレント・レズナーが再びタッグを組んだと言われれば(ダークな映像美とハードボイルドな楽曲のアコードは衝撃的に格好良かった)、『WAVES/ウェイブス』のサウンドトラックが背景に溶け込むに留まらない理由も頷けます。
楽しめた演出と言えば、タイラーとアレクシスのショートメッセージを使った遣り取り。私が中学生だった頃はお互いにメールで連絡し合い、件名に”Re:”が付く新着メールが届く度に心を躍らせたものです。当時の恋人とは、日本とシンガポール間の遠距離恋愛だったので別れ話が”Re:”付きで送信されて来た時は鳩尾へパンチを食らわされた気分でしたが。
アレクシスから妊娠の一報を受けたタイラーも同じ様な気持ちだったのでしょう。相手が入力中である事をリアルタイムに示すiMessageの3つの点が、ジェネレーションZと受信箱を更新し続けていた私の様なミレニアルズとのギャップを表していて面白く感じたと同時に少し年老いた気持ちにもなりました。それにしても、可愛らしく動く3つの点を、これ程ストレスフルと同時にスリリングに色付けするとは面白い。
『WAVES/ウェイブス』が一見退屈になりそうな程ゆっくりと進みながらも、観る者を着実にストーリーへ引き込む理由の1つはこうしたビジュアルに揮われた辣腕と言えます。
出典:”Waves(2019) © A24″『参照:https://www.imdb.com』
好みの問題に尽きる様にも思えますが、洗練されたビジュアルと音響効果を以てしても如何せん『WAVES/ウェイブス』に全体的な物足りなさを感じがちな理由は、作品が他愛のない日常感にフォーカスする点にあるのだろうと思います。
ストーリーそのものは悲劇的で他愛もないとは言えませんが、クライマックスに至るまでに蛇足とも思える、ストーリーの進行には何ら寄与する事が無いシーンが多く挟まれています。朝食の最中にロナルドがタイラーに腕相撲を挑んだり、化粧室でアレクシスがエミリーにグロスの使い方を教えたり。しかし、その退屈な程に平凡な一瞬の数々こそ『WAVES/ウェイブス』がリアルで共感できる作品に仕上がっている所以だと言えるでしょう。
深く誰かの日常、そしてその延長にある人生にいつしか踏み込んでいる様な感覚があるからこそ、キャラクターの喜怒哀楽をしみじみと感じる事が出来る作品になっているのです。
2020年はCOVID-19の蔓延もさる事ながら、ショーン・コネリーを始め、43歳の若さでチャドウィック・ボーズマンが急逝した事やコービー・ブライアントの事故死など様々なショックが重なる年でもありました。
そうした数々のショックに事欠かない事件の1つに、ミネソタ州の警察官による不適切な拘束方法で黒人男性の死を招いた悲劇が挙げられます。
極度な白人至上主義的な思想は過去に比べて衰退しつつあるものの、依然として根深い社会問題となっているのが現実で、アメリカ社会では特に黒人の死傷事件にまで繋がる深刻な状態と言われています。『WAVES/ウェイブス』の主演キャストが演じるのは、そうした現代のアメリカ社会に生きる黒人の家族であり、シュルツ監督もキャラクターの設定や現代社会の実情を意識した様子が窺えます。
平凡が許される贅沢を喫する立場にない。ロナルドがタイラーに語り掛けた一言です。
何もキャストや設定上の人種によって、必ずしも触れなければならないテーマではありません。しかし、作品が自ら言い及んでいる以上、意識せざるを得ないトピックですが『WAVES/ウェイブス』は、タッチしつつも結論については口を噤んでしまう尻切れトンボな点がマイナス。
そうした目線で観ると、『WAVES/ウェイブス』には様々なオポチュニティが鏤められているのに、度外視している印象があって勿体無さを感じざるを得ませんでした。
出典:”Waves(2019) © A24″『参照:https://www.imdb.com』
例えばアレクシスが中絶手術を受けに行こうとするシーンでも(人工中絶に反対するプロテスターが一瞬スクリーンに映り込みますが)、その社会医療学的な位置付けや倫理的な論点は眼中にありません。繰り返す様ですが、無理に捻じ込む事が作品として正しい選択になると断言はし得ないものの、何処かしら煮え切らない態度が気に掛かったのが正直なところ。
敢えて言うならば、当のアレクシスに至ってはアップダウンが激しいバンシーに徹する事となり、一次元的で奥行きが無いストーリーの影の様な存在から抜け切れなかった点も残念です。
スポットライトがエミリーに切り替わった後も(ストーリーの流れを見失う事は無いものの)、ルークがセンターステージに立たされている心象は拭い切れない。エミリーは幸いにもアレクシスよりは深みを与えて描かれた人物なので、舞台裏に隠されてしまう悲劇こそ免れるものの、その両親(レネイ・エリース・ゴールズベリイのキャサリン・ウィリアムズとスターリング・K・ブラウンのロナルド・ウィリアムズ)は惜しくもそうは行かず。
『ブラックパンサー』(2018年)では短いスクリーンタイムを与えられながらも、強いプレゼンスと引き寄せる様な人間味が魅力的だったブラウンですが、『WAVES/ウェイブス』ではキャラクターの背景や生い立ちも無く、特にキャストの中でも活用し切れていない様に思えました。
とは言え、このレビューでもシュルツ監督の豊かな視覚的表現力や、それに劣らない音響効果にフォーカスを当てた様に、『WAVES/ウェイブス』の最大の観どころ(感じどころ、と言った方が正確でしょうか)は心の奥底へ浸み込む独特のムードを醸し出すテクニカルな部分と、それをデジタルから少しでも生身の人間に近付けるパフォーマンスのシナジー。総じて演出の素晴らしさが際立つので、一見するとストーリー・ファーストな作品に思えますが、悪く言えば誤魔化しを利かせている所は評価出来ません。もう一歩、キャラクターもバランス良く広がりと厚みを与えて欲しかった点がどうにも歯痒い。
『WAVES/ウェイブス』は夢物語ではない故の空虚感が強い作品だと述べた通り、シンプルにエンターテインされる為に観る映画ではありませんが、夕日に照らされた海を眺めながら物思いに耽りたい気分(だけど近場に海岸が無い人)な時は是非お勧めしたいです。人生を左右する一瞬一瞬の波が、時には破壊的な理不尽を齎す事もありますが、それも痛みと共にいずれは静かな海原に還って行く事を気付かせてくれるのだから。
この映画を観られるサイト
『WAVES/ウェイブス』は中々動画配信されていない様ですが、観るなら便利な宅配レンタルサービスを提供しているTSUTAYA。
定額で作品を借り放題な上、しかも30日間は無料体験が可能で気に入らなかったら、お金がかかる前に解約も可能なので試しに登録してみても損は無いハズ。
まとめ
『WAVES/ウェイブス』はそのメランコリーなムードが魅力的な作品で、テクニカルな演出が主柱になりつつも、それに頼り切る事なく主演キャストのパフォーマンスが相互に高め合う事が出来ている映画。夢物語でもなければ、極端に悲劇的なストーリーでもないのでファンタスティックな要素を期待すると、残念ながら退屈に感じてしまいます。
しかし焦らず、瞬間的なインパクトを求めずに鑑賞頂ければきっと何かを感じるはず。
大波も遠くにいる間は小さく見えますが、いざ間近に迫ってみるとその凄みや力強さ、そしてその絶望とも美しさとも言えぬ魅力に引き寄せられるでしょう。
(…大波と違って『WAVES/ウェイブス』は最後まで観ても波に飲まれる事はありませんのでご安心ください)