クリムゾン・ピーク
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:ミア・ワシコウスカ、ジェシカ・チャステイン、トム・ヒドルストン、チャーリー・ハナム、ジム・ビーヴァー、バーン・ゴーマン、レスリー・ホープ 他
言語:英語
リリース年:2015
評価:★★★★★★☆☆☆☆
Crimson Peak(2015) © Universal Pictures『参照:https://www.imdb.com』
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~”新鮮味とチャレンジ精神に欠けるゴシック・ロマンス映画で、ホラー要素はヴィジュアル的に印象に残るものの、ストーリー上は全く不要な為に全体的にはちぐはぐした感じを受ける”~
~”驚天動地のパフォーマンスこそ無いものの、豪華キャストのデリバリーは期待通りで、見事なセット・デザインに囲まれて刺激的な映画体験を届けてくれる事は間違いない…でも中身が無いだけに、何処か物足りない”~
もくじ
あらすじ
20世紀初頭のニューヨーク州北西部のバッファロー
実業家の父と2人で暮らすイーディスには
死者と通じ合う力があり、ある夜、母の幽霊に警告を受ける
クリムゾン・ピークに気をつけなさい、と
そして大人になったイーディスは怪奇小説の執筆に夢中になっていた
ある日、イギリスから準男爵のトーマス・シャープと名乗る男が現れる
彼は自身の発明した粘土掘削機への投資を持ち掛けるが、
カーターはトーマスに不信感を抱き投資を拒否した
一方イーディスは自身の小説を褒める彼に次第に魅かれていく
カーターは情報屋を雇いトーマスとその姉ルシールの身辺調査を依頼
そしてその素性を知り、2人に手切れ金を渡しイギリスに追い返すが、
カーターはその後何者かに殺害されてしまう
シャープ姉弟に隠された秘密と残されたイーディスの運命は・・・
レビュー
逢魔時の闇に魅せられて、奈落の深淵から悍ましい姿を現した亡霊。荘厳なゴシック様式の館に漂うロマンティックながらも異様な雰囲気。
『クリムゾン・ピーク』は典型的なホラー映画の要素を揃えつつも、良かれ悪しかれ典型的なホラー映画には至らなかった作品です。率直な感想としては、怖い様で怖くない。
導入部のセットアップはオーディエンスの感興を聳るに充分なピースが顔を覗かせます。仔犬の様な目と甘いマスクの裏にクリプティックな笑みを湛えたトム・ヒドルストン演じるイギリスの準男爵、トーマス・シャープが舞台に上がってからは、ヴィジュアル面でも釘付けに。ヒドルストンが絶えず放つカリスマは無論ですが、『クリムゾン・ピーク』で与えられているミステリアスな素性もそのキャラクターが醸し出す存在感に拍車を掛けています。
トーマスと情愛の炎を燃やすのは、トーマスが資金援助を求めた事業家カーター・カッシングの愛娘、イーディス・カッシング。ファッションや恋愛に熱を上げる同世代の女性とは異なり、専ら怪奇小説の執筆が関心事だったものの、イーディスの小説に賛辞を呈したトーマスとの出逢いで彼女は恐るべき運命を辿る事となります。
恐るべき、しかし期待に反して意外性に欠ける運命。
出典:”Crimson Peak(2015) © Universal Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
発明品の粘土掘削機を製造する為に必要な資金こそ得られなかったものの、イーディスの心を射止めたトーマスは祖国イギリスへ彼女を連れて結婚。幕を開けたのは、幸福な新婚生活ではなく、紅の粘土を滴らせた悍ましい亡き魂に怯える日々ですが、予想だに難くない行く末とシャープ姉弟が抱える秘密がクライマックスで暴かれても瞼は重くなるばかり。
クライマックスで悲鳴を上げながら屋敷を駆け回るヒロイン、そしてそのヒロインを般若の形相で襲うヴィランと剣ヶ峰に立たされたヒロインを救う人物。イーディス、トーマス、ルシールの配役を見抜くのは名推理には及ばず。
クラシカルなホラー映画へのオマージュなのか、意表を突く様な展開や演出が全体的に欠如している事は残念と言わざるを得ません。
シャープ姉弟の屋敷をイーディスが訪れて以降は、凡百なホラー映画に成り果てて印象的なシーンは少ない。知的なキャラクターとして登壇したイーディスもルシールの影に慄くばかりで、(鮮麗な衣装を除けば)典型的なホラー映画のスターになってしまい、『クリムゾン・ピーク』の見応えが半減する点も虚しい。ルシールに扮するジェシカ・チャステインに至っては、ミスキャストにも感じられるパフォーマンスが少々心苦しかったポイント。チャスティンの凛としたオーラと冷たい眼光は一見ルシールのイメージに合致していますが、そのルックスに似つかわしくないラストの取り乱した演技は、迫力こそエンターテイニングでしたが首を傾げてしまいました。
追加失点としては、チャステインの煮え切らないブリティッシュ訛りも気になったところ。
しかし、傑作とは到底言えないものの、相応のホラー映画として楽しめる要素も充分あります。分かり切ったタイミングとは言え、見るに堪えない崩れた顔貌で迫り来る死霊には背筋に冷たい汗が走る様な感触を覚えますし、ジャンプスケアを誘う効果音も、その役割を確かに果たしています。ゴシック・ロマンスと称されるだけあって、独特のダークな雰囲気も『クリムゾン・ピーク』の醍醐味。
出典:”Crimson Peak(2015) © Universal Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
然りとて姿を現す亡霊の存在意義を問うてしまうと、途端に『クリムゾン・ピーク』は及び腰に。
亡霊を召喚したは良いものの、ストーリーに与えるインパクトは皆無と言っても過言ではありません。凄惨な死に隠された秘密も特筆すべき点が無く、サイドストーリーにも値しませんし、単にオーディエンスを視覚的に戦慄させる事が目的になっています。『クリムゾン・ピーク』で亡霊が登場すると、ゴシック・ロマンス映b画の途中にホラー映画の宣伝が挿入された様な所感を否めず、本筋のストーリーとは切り離されたコンテンツの様な違和感を誘われます。
『パンズ・ラビリンス』(2006年)を世に送り出したデル・トロ監督がメガホンを手に取った作品ならば、ストーリーやグリップ力は平均的なホラー映画のそれを超える事を自ずと期待してしまって、評価が多少は辛口になっているかも知れません。瞬間的に印象に残るシーンはありつつも、キャラクターやストーリーが齎すインパクトよりも評価としてはセットやロケーションのヴィジュアルが功を奏した感触が大きく、映画として心に残る作品とは言えず。雰囲気を楽しむだけで充分ならば、『クリムゾン・ピーク』は一見の価値がありますが、キャストや監督の名に惹かれて過度な期待を寄せるのは禁物です。
ストーリーの中核を担うロマンスのエッセンスも煮え切らない点が『クリムゾン・ピーク』の最大の難。
トーマス、イーディス共に魅力的なキャストが演じているのでスクリーン・プレゼンスは充分ですが、セットアップの時点でトーマスに疑念の目を向ける様な演出を取り込んだのは失敗でした。イーディスがトーマスに惹かれた理由ですら差し詰め、ルックスとしか思えないビルドアップが残念極まりありません。恋愛やファッションに全く食指が動かなかった知的なイーディスが、一転して自著の小説を褒め称えただけの英国紳士に心底陶酔してしまう流れは納得し難い。
その英国紳士が屈指のウェルドレッサーですら怖気付くトム・ヒドルストンとは言え、イーディスのキャラクターとしての一貫性が損なわれる、怠情が幅を利かせた展開だったと評さざるを得ません。
それ故にトーマスとイーディスが雅やかにワルツを踊るシーンは、その失態を糊塗すべく織り込まれた印象を拭い去れませんが、一蹴出来ないエレガンスは(一瞬ですが)観どころ。タキシードを着て、ボールルームへ赴きたくなる様な軽快な音楽と美しさに目を奪われます。
出典:”Crimson Peak(2015) © Universal Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
イーディスとトーマスの恋愛が欺瞞に満ちている事を始めから示唆している点も面白くない。
悪しき目論見が導いた恋愛の成就を願う事もなければ、行く末を案じる理由も失われてしまいます。イーディスに知られてはならない陰謀が招いた偽りの恋仲。イーディスと出逢ってトーマスがラストに向けて心変わりして行くとは言え、その様子ですら如実に描かれておらず、ロマンスを語るストーリーには至らない印象が強かった作品です。純粋なロマンスにオーディエンスを引き込んでから、トーマスの企みを明かした方が展開としても数段エンターテイニングだったはず。少なくとも、ロマンスや人間関係を作品のフォーカスに置くべきではありませんでした。
この世のものではない禍々しい存在が登場するとは言え、先般触れた通りストーリーにも寄与しない。怖くない作品と言ってもM・ナイト・シャマラン監督の『シックス・センス』(1999年)の様に心に訴え掛ける成長物語やドラマを宿していれば『クリムゾン・ピーク』への評価も異なったはず。
キャラクター間の関係にこの程度しかフォーカスしないのならば、個々の持ち味に焦点を当てて欲しかったところ。
『クリムゾン・ピーク』で最も興味深く描写されていたキャラクターはトム・ヒドルストン演じるトーマス。イーディスとの関係では味気なかったものの、愛する女性を得てルシールとの関係を脱する決断をするまで変貌を遂げて行く変遷は、キャラクターに奥行きを与えていて、親しみを持ち易い。トーマスは『クリムゾン・ピーク』で唯一、同情や期待や悲しみの様な感情を齎してくれる最も人間臭いキャラクターです。
出典:”Crimson Peak(2015) © Universal Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
対極的にイーディスは『クリムゾン・ピーク』のランタイムを通じて、一歩も変化していない事がキャラクターとして致命的でした。トーマスやルシールの様にバックストーリーや、困難や苦難を抱えた生身の人間にはとても見えないので、魅力的とは言えません。
尤も、ルシールは苦難を抱えていると言うよりは、壊れた異常者と称した方が正しいかも知れませんが、平凡で無粋な美人よりは怖いもの見たさで覗きたくなる翳りがあって一筋縄に理解出来ない女性の方が興味深い。殺されかねないのは玉に瑕ですが捻りに捻くれて常軌を逸した心理の裏側に触れてみたくなる誘惑は、婀娜やかですらあります。
『クリムゾン・ピーク』は繊細で素晴らしい造形美が叫ぶセット・デザインに費やした労力を脚本にも充てて頂きたかったです。
意図的に活用されたであろう古典的なトランジションの手法から察するに、デル・トロ監督は『クリムゾン・ピーク』のアンビエンスやイメージの仕上がりに腐心していた様子が伺い知れます。
ワイプが多用されますが、印象的なのは次幕で鍵となる人物やオブジェクトへのアイリスワイプ。緩やかに対象へクローズインするスピードも、不吉な何かが這い寄って来ている様な感覚を掻き立てられ、息苦しさも感じる演出となっています。時代を感じる世界観だけあって、作品の雰囲気にマッチしたトランジションは細やかながら効果的。ここで旧派な一面を見せたデル・トロ監督のスタイルが活きています。
カーターの葬儀でも、迫る闇を暗示する様に黒衣を纏ったトーマスがイーディスを包み込んでいるシーンがあり、こうしたヴィジュアルの演出はディテールにも気を配っている様子。
亡霊もガスとも幽体の一部とも知れないエクトプラズムチックなCGIこそ余計だったものの、ハビエル・ボテットが得意とするエイリアン然とした特徴的な動きや細長い指は確かに強烈なイメージでした。紅血を思わせる紅い粘土を絡ませた風貌も脳裏に焼き付いて離れません。
出典:”Crimson Peak(2015) © Universal Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
そしてサスペンスフルなフィナーレが映える舞台が『クリムゾン・ピーク』のハイライト。
『クリムゾン・ピーク』同様のゴシック・ロマンス映画ながら、カルト的な人気が根強いアルフレッド・ヒッチコック監督のゴシック・ロマンス映画、『レベッカ』(1939年)に登場する大邸宅マンダレイを彷彿とさせる館のデザインが特徴的。エントランスに繋がるホールの様式はマンダレイそのもので、白雪と枯葉が降り注ぐ吹き抜けが尚一層ミステリアスで神秘的なオーラを与えています。
恰もそこに住まう主人の壊れかけた精神を映し出す様に、館の壁は崩壊の瀬戸際を彷徨う様に湿った紅い粘土を滴らせ、静かに沈み行く設定もヒッチコック監督の謂わずと知れたホラーの名作『サイコ』(1960年)のベイツ・モーテルを想起させます。こうしたヒッチコック監督の影響が大きかった事は言わずもがなですが、蛾のモチーフを鏤めたり(エントランスの床に凝らされた模様が最も顕著)、精神病院の内装を思わせる白のタイルがキッチンの壁面を飾っていたりと、細部に至るまで独自の拘りが見て取れるのも面白い。セット・デザインのマスターピースとも言える空間は、確かに息を呑む映画体験を与えてくれます。
魅力的なキャストを揃えつつも、真実味に欠けるロマンスと軽忽で想像力に欠けるストーリーは見逃し難い欠点です。意匠が凝らされたセットに割いた気力と労力の一部を脚本に投資していれば、結果は大きく変わったものと思いますが、『クリムゾン・ピーク』は古典的なホラーのエッセンスだけ振り撒いて満足してしまっているのは残念です。
小説の執筆に没頭し、婚期を逃しかねないイーディスを揶揄う乙女たちに彼女は“私はメアリー・シェリーとなって寡婦として死ぬ事を選ぶわ”と言い放った様に、デル・トロ監督もある晩、唐突に思ったのかも知れません。メアリー・シェリーの如く、己が恐怖するものは他者も戦慄させるだろう、と。そして脳裏を過ぎった悍ましい光景を忠実に再現した。そのヴィジョンを目の当たりにするのは、芸術家の稀有な才能を体感する事でもありますが、我々オーディエンスが第一に求めているのは戦慄ではなく、ストーリーである事を忘れてはならないと改めて痛感させられる作品でした。
この映画を観られるサイト
『クリムゾン・ピーク』は中々動画配信されていない様ですが、観るなら便利な宅配レンタルサービスを提供しているTSUTAYA。
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まとめ
鮮烈な悍ましさが印象的な亡霊もストーリーに関係無く、欺瞞に満ちた時限爆弾の様なロマンスも素直に呑み込めない。2時間も費やして語る様なストーリーとは言えず、ホラー映画としても不完全燃焼です。
観どころはセット・デザインと独特のアンビエンス、そして筆舌に尽くし難い様なパフォーマンスこそありませんが、ボーナス・ポイントとして言うならばヒドルストン、チャステインを始めとした馴染みある面々。
『クリムゾン・ピーク』には深い意味を求めず、複数人で団欒しながらお化け屋敷に入る様な心持ちで観る事をお勧めしたい作品です。