シャイニング
監督:スタンリー・キューブリック
出演:ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル、ダニー・ロイド、スキャットマン・クローザース、バリー・ネルソン、フィリップ・ストーン、ジョー・ターケル 他
言語:英語
リリース年:1980
評価:★★★★★★★★☆☆
The Shining(1980) ©Warner Bros.『参照:https://imdb.com』
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~”ドアの隙間から覗く狂った男の顔が有名になったホラー『シャイニング』は落ち着いて、集中して観ないとその怖さが分からない上に、意味の分からないシーンに靄々して終わる映画だからしっかりと観て欲しい”~
~”ジャック・ニコルソンは勿論、ウェンディに扮するシェリー・デュヴァルの怯えた演技も観どころ!キューブリックが得意とするカメラワークも堪能出来る一作”~
もくじ
あらすじ
コロラド州のロッキー山上にあるオーバールック・ホテル
小説家志望のジャック・トランスは冬期に閉鎖されるこのホテルへ、
管理人として妻のウェンディ、息子のダニーと共に訪れる
雪が降り積もる中、外界から隔離されたホテルで過ごす3人
ジャックは小説の構想を考えようとするが、良い案も無く苛立ちを募らせる
しかしその苛立ちは次第に常軌を逸し、ホテルでも怪異が起こり始める
そして遂にジャックは妻子を手に掛けようとするが・・・
レビュー
ホラー映画が好きでなくとも『シャイニング』は無視出来ない作品。
偏屈な完璧主義者として悪名高いスタンリー・キューブリック監督の知名度を押し上げた映画としても有名ですが、娯楽作品として具体的に評価出来るポイントや観どころは鑑賞するまで釈然としない作品です。鑑賞直後でさえ一口に傑作とも駄作とも、或いはその中間とも言い難い。ホラー史にその名を刻む程ならば、誰もが戦慄く悍ましい魑魅魍魎が跋扈するのかと言えばそうではありません。大筋のストーリーも在り来たりな怪談では無いかと思えば、ホラー映画の教科書を開けば基礎として紹介されていそうな内容。
職を求めていた元教師のジャック・トランスは、オーバールック・ホテルの冬期管理人としてコロラド州を家族と共に訪れます。冬期は積雪が多い為、オーバールック・ホテルは閉鎖されて一般客を受け付けないが、その間の設備メンテナンスはジャックに一任。しかし、マネージャーのアルマンはオーバールック・ホテルが米国先住民の共同墓地の上に建てられ、その上前任の管理人チャールズ・グレイディが外界と隔離された孤独に耐え切れずに発狂し、家族を惨殺してしまった凄惨な過去をジャックに告げます。ジャックは然程気に掛ける様子も無く、壮観なオーバールック・ホテルの景観に惹かれて妻のウェンディ、一人息子のダニーを連れて、管理人としての職に就きます。
曰くのあるホテルが舞台となれば、その先の展開も概ね察しが付く。差し詰め、『シャイニング』は禍々しい過去に呪われた場所へ赴いた一家の長が、精神を病んで妻と幼い息子に牙を向けてしまう映画です。
捻りがあるとすればダニーの特殊な能力。ダニーは、奇遇にもオーバールック・ホテルの料理長ディック・ハロランも持つ“シャイニング”と呼ぶテレパシー能力と、過去と未来を見通す能力を有しています。しかし、この能力もラストまで謎が多い。ダニーは空想上の友人、トニーと一人で会話する事が屡々あり、一見すると単なる幼児の戯言にも思えますが、後にシャイニングと密接に関係がある事が示唆されるも明確な答えは与えてくれません。
『シャイニング』はジャンルとしてホラー映画に分類されますが、その恐怖は死霊や超常現象が引き起こすのではなく、キューブリック監督が齎す絶妙な歪みと違和感。
出典:”The Shining(1980) ©Warner Bros.”『参照:https://imdb.com』
何かがおかしい。
一見知的に思えて実は支離滅裂な文章を読んでいる様な、メロディを奏でている様で不協和音が入り混じっている音楽の様な気持ちの悪い、悶々とする感覚を『シャイニング』は見事に引き出してくれます。オープニングのシーンを例に挙げると、峰々と陽光に輝く湖が織り成す風光明媚な景色が視界を満たす一方で、聴こえるのは不穏な胸騒ぎを感じさせるチューバやホルンの低音が轟く背景音。矛盾した、奇妙な違和感。『シャイニング』ではサブリミナル効果を想起させる、深層心理に心地の悪い打撃を僅かずつ与える事が最も強力なエッセンスです。
その点、1980年当時に批評家から不評の嵐を浴びせられ、興行的にも後から勢い付いたものの、リリース時は不調続きだった理由も納得出来ます。鑑賞後に覚える感覚は『ドニー・ダーコ』(2001年)に近しいかも知れません。何を観せられたのか、皆目理解出来ない。
アカデミー賞とは対照的に当年の最低な映画を選出し、表彰するゴールデンラズベリー賞の最低主演女優賞にジャックの妻を演じたシェリー・デュヴァルが受賞候補に挙がるなど、『シャイニング』の魅力は一度鑑賞すれば呑み込めるものでは無く、差し詰めキューブリック監督が点在させた不快感の余韻だけが残りがちです。殊に原作となった小説の著者スティーヴン・キングは、『シャイニング』を痛烈に批判し、原作との相違点、キューブリック監督のストーリーへの解釈に納得出来ないと述べ、『シャイニング』は鑑賞者を意図的に傷付ける映画だと非難しました。
『シャイニング』はオーディエンスである、人間が本能的に恐れる感覚を呼び起こし、仮想体験させてしまいますが、その過程が薄気味悪い混沌に満ちていて困惑する感情の方が強い。しかし、時間を空けて再び観たくなる魔力を持っている。『シャイニング』の奥深さ、キューブリック監督の意図や映画としての魅力は多少なりとも考察を交えなければ見抜く事は困難です。
出典:”The Shining(1980) ©Warner Bros.”『参照:https://imdb.com』
その点、『シャイニング』は至って観づらい映画です。
場違いに思えるシーンや音楽が随所に挿し込まれ、好奇心と疑問が常に渦巻きつつもストーリーは容赦無く前へ突き進み、募る違和感がクライマックスを迎える。ホラー映画に期待しがちな直接的で寿命が縮まるジャンプスケアは一切無く、オーバールック・ホテルに憑く怨霊は存在し、登場するものの『シャイニング』で脅威を振るう事はありません。『シャイニング』の中心的な恐怖を体現するのは譫妄と狂気の深淵に堕ちたジャックですが、演じるニコルソンのパフォーマンスは血に飢えた猟奇殺人者の様な異常な光を宿すだけで無く、鬼気森然としつつも戯れる様なコミカルな気配も漂わせる。
現実世界や自然との不均衡が精神を蝕む様に忍び寄り、知らぬ間に這い上がって観る者の胸を満たしてしまう事が『シャイニング』最大のホラー要素です。
濡れた長髪を揺らして不気味な奇声を発しながら迫りくる青白い死者。映像として再現する事が容易だとは思いませんが、アイディアには困りませんし、ジャンプスケアも予めタイミングが予期出来たとしても実際の映像には多少なりとも戦慄してしまいます。効果的で、観応えがある典型的なホラー映画の演出です。
『呪怨』(2000年)や『インシディアス』(2010年)の様に総毛立つ怨霊の露出が激しい作品では、登場人物にクローズアップし、フレーム外で何が起こっているかや何が存在しているのかを敢えて覆い隠し、オーディエンスの不安を煽ります。見えない、スクリーンの死角に何が潜んでいるのか。窒息感のある緊張が絶頂に至った時、絶叫が響き渡ると同時にフレームの外に隠されていた脅威が姿を現す。
しかし、『シャイニング』はハロランが物陰から飛び出したジャックに襲われる様な古典的な演出も見られるものの、恐怖が紙面に押し付けられた万年筆から緩やかに広がるインクの様に、静かに、そして徐々に肝を締め付ける演出が最も顕著です。オーバールック・ホテルを訪れたダニーが一人でダーツで遊んでいるシーンや、正気を失ったジャックから逃げ惑うウェンディが一室で狼の仮面を被った男を目撃するシーンなど、キューブリック監督は俳優や女優の表情やリアクションを先ずは充分に見せた後、その視線の先に狼狽や恐怖心を喚起する何かが存在している事を予め示唆する様なシーケンスを多用しています。1980年当時に比べるとホラー映画にもバリエーションが増えたと言えますが、現代でも『シャイニング』のアプローチは非凡で、『インセプション』(2010年)の如く時を超えて人々の思考を刺激し、時を越えて冷めやらぬ好奇心を昂らせ続ける魅力を持つ所以です。
出典:”The Shining(1980) ©Warner Bros.”『参照:https://imdb.com』
こうしたキューブリック監督のスタイルにフォーカスすると、『シャイニング』のセットや小道具、音楽や台詞に至るまで全てが歯車の様に作用し合って恐怖心を誘う事が分かります。不健康な幽霊が与える反射的なインパクトでは無く、キューブリック監督はオーディエンスを混乱させ、スクリーンの情報を処理させて如何に各シーンが考えれば考える程に異常なのか、ワンテンポ遅れて悟らせる。そして理屈を超越した違和をオーディエンスが自ら察知した時、尾骶骨から駆け抜ける冷たい感覚に一瞬、身を固めてしまう。
ホラー映画のトレンドから大きく乖離したスタイルは、出演者の面々にも影響を及ぼしています。クリント・イーストウッドやリヴァー・フェニックスの様に、端正な当時の美男や美女をキャスティングせず、『バットマン』(1989年)でジョーカーを演じる事になる仄かな狂気が滲み出るニコルソンや、『ティム・バートンのコープスブライド』(2005年)のエミリーを偲ばせる色白で骨々しい痩躯を揺らすデュヴァルからもネガティヴな雰囲気が強く漂います。ルックスは無論、キューブリック監督は俳優陣に過多とも言えるストレスを与える事で、渾身の演技を引き出している事も大きなポイント。
『シャイニング』では様々なシーンのリテイクが行われ、シーンに次第では100回を超える事も珍しくありませんでした。同じシーンを幾度と無く繰り返し、実際に精神的にも極限に達している中で、俳優陣の苛立ちや疲労は演技では無くなり、パフォーマンスとして表れる様にキューブリック監督が敢えてキャストを追い詰めたと言われています。そうしてスクリーンに辿り着いたニコルソンやデュヴァルの演技は『シャイニング』の大きな観どころの1つです。
正気を失い、邪悪な存在に憑かれた人間を確かに観ている様で、圧倒されるシーンも屡々あります。般若を想起させる表情で、ドアの割れ目からニコルソンが顔を覗かせるシーンも、その形相に心底戦慄を覚える印象深い場面。
出典:”The Shining(1980) ©Warner Bros.”『参照:https://imdb.com』
キャストのパフォーマンスが齎す狂乱のアンビエンスに拍車を掛け、支離滅裂で本能に逆らう様な感覚に陥らせるディテールの工夫も素晴らしい。微細で目立たない、しかし、拉がれた感覚はシーンの背景にも多く潜んでいます。
静寂に包まれた広いロビーで一人、黙々とタイプライターで小説を書き進めるジャック。そこへウェンディが様子を見に行って間食を摂らないかと声を掛けると、ジャックは集中が切れるからと逆上し、ウェンディに心無い罵声を浴びせます。このシーンでは、恰も底知れない大海へ放り投げられた無力な人間を観ている様な感覚に陥る様に、ジャックの数寸手前に立っているウェンディがフレームに映し出されると、ジャックは存在しないかの様にフレームアウトした状態になり、逆もまた然りと飽く迄も二人を隔離させる様に考えられています。ウェンデイとジャックが同時にスクリーンへ登場しない様なアングルで撮影されており、近くに居ても拭い切れない孤独感を強調しています。
そしてジャックとウェンディを行き来するカメラのカットに注目すると、背景にあった椅子が消えたかと思えば、次のカットで再び表れる。適さか背景を意識していなければ察知出来ない、編集のエラーにも思える演出。しかし、明確に検知していなくとも、漠然とした違和感を感じる様に細部まで設計されたシーンです。現実離れした、寂寥感に満ちた異次元的な空間である事が沁々と伝わります。
『シャイニング』では理屈を超越した違和をオーディエンスに察知させる事で、パンチがある恐怖心を誘う点について触れましたが、気味が悪いだけで無く、秘かな脅威を感じさせる事もポイント。
曖昧で隠された存在への畏怖が『シャイニング』を包み、エンディングを迎えた後も残渣が紫煙の様に残り続ける。
前章で述べた、狼の仮面を被った男をウェンディが目撃するシーンに関してもう一歩踏み込むと、キューブリック監督が如何にオーディエンスを混乱させる事に集中しているかが分かります。狂ったジャックから逃げ惑うダニーとウェンディ。緊迫感が最大となっているシーンですが、突如スクリーンに現れた狼の仮面を被った男は臀部だけが露わになった着包みを着て、別の男性と如何わしい行為に及んでいる様に見受けられます。異様で場違いなだけでは無く、トランス一家しか居ないはずのオーバールック・ホテルに何故居るのか、誰なのか、何をしているのかと疑問の波濤が押し寄せます。そして人間では無いとしたら、何を考えていてウェンディやダニーへ危害を加える意図があるのか。
しかし狼の仮面を被った男と視線を交えた刹那、ウェンディが恐怖に慄いて脱兎の如く逃げてしまうと、男は二度と登場しない。危害を加える脅威か否か、『シャイニング』では曖昧な状態で尾を引く異常なシーンが多いのですが、それが解消されない為に不気味な鬼胎を募らせます。
『シャイニング』で期待すべきホラーは暴力やおどろおどろしい悪霊では無く、水面下に確かに潜む絶大で邪悪な脅威の正体に想像を膨らませ、その禍々しい存在に震え上がること。
出典:”The Shining(1980) ©Warner Bros.”『参照:https://imdb.com』
『呪怨』の様に特定の怨念が齎す災厄が潜んでいるのでは無く、オーバールック・ホテル自体が邪悪の正体である事を示唆する描写は幾つもありますが、それが特に曖昧で不可解なラストに対する説明にも繋がります。
吹雪の中、迷路に迷い込んだジャックは為す術も無く凍死してしまいますが、オーバールック・ホテルのホールに飾られた1921年に撮影された白黒写真には、ジャックが笑みを湛えて写り込んでいます。キューブリック監督は、ジャック・トランスは過去の人物が転生したキャラクターでオーバールック・ホテルに回帰せざるを得ない運命にあると述べていますが、ジャックがオーバールック・ホテルの一部と言えるヒントは『シャイニング』で随所に鏤められています。ダニーがカートに乗り、屋内を走り回って遊ぶシーンでは、カメラがダニーの背後を浮遊する様に後を追います。ダニーを追うこの”眼”は、狂ったジャックが迷路の中でダニーを追うシーンでジャック自身の目線として表現され、邪悪な意思を持つオーバールック・ホテルとしてダニーに牙を向けようとしている事が分かります。
ウェンディがオーバールック・ホテルを去る様にジャックへ懇願するシーンでも、背景音に耳を傾けると、不穏なストリングスの音に混じって微かに心臓の鼓動が聞こえます。恰もオーバールック・ホテルが、巨大な生物であるかの様な恐怖を感じさせる秀逸な演出です。
総じて『シャイニング』の観どころは、『シャイニング』そのもの。特筆に値する大小様々な宝玉が鏤められており、映画としての高い完成度は無視出来ません。
キューブリック監督が徹底した完璧主義者とは言え、映画の隅々まで抜かり無く意味のある意思を込めている事には、驚嘆を隠し切れません。映像、音楽、演技、ストーリーの様なあらゆるなエッセンスが連なって、記憶に残る名作と言われるだけはあります。
『シャイニング』の演出と同じく矛盾の様ですが、マイナスするとすれば、難解で繊細な表現を拾い切れないと真価を楽しめない事です。気楽に観ても圧倒的な恐怖も感じなければ、感嘆するストーリーでも無い。曖昧故に漠然とした気持ちの悪さばかりが残り、胸に重く垂れ下がります。しかし、キューブリック監督に劣らぬ活眼を持って『シャイニング』を観れば、その魅力は充分に楽しめるはず。
『シャイニング』は雨や雪が降りしきる暗夜に、集中して堪能して頂く事をお勧めしたい映画でした。
この映画を観られるサイト
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まとめ
ホラー映画の代表格として挙がる事は少なくない『シャイニング』ですが、その魅力は非常に奥深く、眼に映る事だけをプロセスして理解出来るものではありませんでした。30年経った現代でも、映画の意味や意図を掘り下げる論争が起こる程に想像の余地が残された作品で、ホラー映画としては珍しい作品です。
ファンが唱える説は多様多種で、キューブリックがアポロ11号の月面着陸のフェイク映像作成に加担した事を示唆している陰謀論に近しい内容さえあります。
それ程、人々の想像力を刺激し、意味を探らせる幅を随所に残す『シャイニング』は、幽霊や呪いの類がスポットライトを浴びる事は無く、孤独感や違和感、狂気が計算されたカオスを生み出す恐怖に慄く映画。一度鑑賞した後は考えてから、再度鑑賞してみる事をお勧めしたいホラー映画です。