タキシード
監督:ケヴィン・ドノヴァン
出演:ジャッキー・チェン、ジェイソン・アイザックス、ジェニファー・ラブ・ヒューイット、デビ・メイザー、リッチー・コスター、ピーター・ストーメア、ミア・コテット 他
言語:英語
リリース年:2002
評価:★★★★★☆☆☆☆☆
The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures『参照:https://www.imdb.com』
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~”最強なのはジェームズ・ボンド本人じゃなくて、着ているスーツだ、そいつに秘密がある”~
~”ジャッキーらしさは抑えられても呼ばれて飛び出てドン!所々でジャッキー炸裂、でもやっぱ足りない?”~
もくじ
あらすじ
必ず言われた時間までに乗客を目的地へ届ける名タクシー運転手、ジミー
その腕前を買われて大富豪のお抱え運転手となったが、彼にはあるルールが課せられた
主人の部屋にあるガラスケースのタキシードにだけは決して触れぬこと
だがある日、主人のクラークは爆破事件に巻き込まれて瀕死の怪我を負う
気を失う前にクラークがジミーに託した時計型デバイス、タキシードとある名前ー
《ウォルター・ストライダー》
クラークの仇を討つべく、ストライダーの調査に乗り出したジミーだが
託されたデバイスを調べると、絶対に触れるなと言われたタキシードのガラスケースが開く
おずおずと身に着けてみるジミーだが、そのタキシードには驚くべき秘密が隠されていた…
レビュー
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)でトニー・スタークのアイアンマンが華々しくデビューをする前に、ある男が既に夢の様なスーツを手にして悪と闘っていた。もっとも、金属ではなく高級なウールとシルク混紡生地で出来たスーツだが。
ジャッキー・チェンは言わずと知れた武術を中心としたアクションと、コミカルな演出が人気の国際的な大スターだが『タキシード』でもそのスタイルは健在だ。しかしアメリカでは公開当時、週末興行成績で2位のランクインしたものの批評家の間での評価は芳しくなかった。
2000年代初頭のブロックバスターに多い、ライト・ハートでキャンピーなスタイルが楽しめる作品だが、批評家の切っ先はあまりに非現実的で馬鹿馬鹿しくさえあるストーリーに向けられていた様子だ。本作でチェンが扮するジミー・トンの相棒を務めるデル・ブレイン(演:ジェニファー・ラブ・ヒューイット)のキャラクター設定にも賛否両論が相次ぎ、チェンが得意とするグリッティなスタントに視覚効果を多用した結果も諸手を挙げて受け入れられず、チェンの主演映画の中でも異色の作品となった。
子供心には恐怖心を煽るプロットだったのだが(2002年当時は小学校低学年だったが、両親と劇場で鑑賞した記憶がある)、確かに現実的とは言えない内容だ。現実的である事がポイントでは無いのだが、さりとて非現実的が過ぎるとリアルな逼迫感に欠けて没入し難いと云うのも一方であるだろう。
出典:”The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
チェンのチャーミングでカリスマ性溢れるスクリーン・プレゼンスには、いつもながら笑みがこぼれる。
彼が演じるジミーは『絶対に言われた時間通りにお客を目的地に届ける』事で巷に名の通ったタクシー運転手だ。要は運転に長けたスピード狂と云う事なのだが、そんな彼の腕を見込んで仕事のオファーが転がり込んで来る。とある大富豪の専属運転手だ。
かくしてミステリアスな主人、クラーク・デブリンに従事する事となったジミーだが尊大なところも無くフランクに接してくれるクラークと次第に打ち解けていく。クラークの仕事や富裕の秘密は謎に包まれていたが、2人は良き友の様な関係を築いていくのだった。しかし、そんなクラークから1つだけ許されない事があった。
タキシードには触れないこと。
クラークの豪邸に飾ってある一着のタキシードにだけは、絶対に触れてはならないと言い付けられていたのだ。しかし、クラークを狙った爆破事件で深手を負って昏睡状態に陥る直前、彼はジミーに正体を打ち明ける。政府の潜入捜査に携わっているスパイの一員だったのだ。
クラークにタキシードの秘密を握るウェアラブル・デバイス一式を託されたジミーは、おずおずとタキシードを身に着ける。タキシードに編み込まれた無数の神経同期機構によって格闘技、ダンスを始め様々な身体能力の飛躍的な向上を体験して驚くジミー。あのタキシードは単なる高級ガーメントではなく、とんでもなく高度なパワード・スーツだったのだ。
出典:”The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
着用者の身体に合わせて拡大及び縮小してパーフェクトなシルエットを与えつつ、時計型のウェアラブル・デバイスを介して様々な能力を得る事が出来るのだが、操作方法が分からないジミーは図らずもクラークの豪邸で暴走してしまう。
スーツに翻弄されて混乱する中、クラークが命懸けで追っていたのは巨大な飲料水製造会社バニング社だった事を知ったジミー。バニング社の実態は世界規模で暗躍を目論むテロリスト組織で、世界各地の水源を汚染し、唯一クリーンな飲用水を提供できる企業としての独占的地位を築き上げようとしていた。ジミーはクラークの意思を継ぎ、タキシードと共に強大な犯罪阻止に乗り出すのだった。
タクシー運転手が敏腕スパイに成り代わる荒唐無稽な筋書きは、スパイ映画のパロディとして十二分に面白い。
しかし完全にコメディに振り切らなかったのが『タキシード』に不評が相次いだ1つの理由かも知れない。少し考えれば、バニング社の恐ろしい計略とやらはやはり一笑に付されるものだ。そんな頓珍漢な悪の策略を大真面目に捉えているらしい全体の雰囲気が実にミスマッチとは言えるだろう。
『タキシード』がどの様な映画なのか、10秒で説明させて頂けるなら冒頭のシーンを何も言わずに見せる。
深緑溢れる大自然の中、一頭の鹿がフレームに映り込む。鹿は涼しげな小川に立ちつくし、可愛らしい表情を見せながらおもむろに尾を上げたかと思えば川へ放尿するのだ。それに対するフォローアップはこれと言って本作に無い。
本編とはほぼ関係の無い、いわゆる『下ネタ』である。『タキシード』の象徴的なシーンと言えるかも知れない、と同時に1つの審査基準にも使える。笑える様ならば『タキシード』は是非ともお勧めしたい。だがジャッキー・チェンのファンならば、チェンらしいコミカルな演出がこうしたぎこちないジョークに取って代わられた様に感じるだろう。
ハリウッドでの成功のピークに導いた『ラッシュアワー』(1998年)や『シャンハイ・ヌーン』(2000年)に感じられるトーンとは、かなり違うものになっている。長編映画の指揮を初めて執るケヴィン・ドノヴァン監督が抜擢されたのも、少なからずその要因の一端ではあるだろう。
出典:”The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
着用者を無敵にしてくれるタキシードと云うコンセプトが面白いだけに、何とも勿体ない。
イアン・フレミングのジェームズ・ボンドと言えば、戦闘シーンは必ずと言って良い程エレガントなスーツ姿だ。ボンドを観て育つと、何だかスーツを着るだけでとんでもなく強くなれそうな気がしたものだが(気に入ったスーツは傷付けたくないので、是非とも実際は取っ組み合いを挑まないで頂きたい)、そんなファンタシーをくすぐってくれる世界観である。クラーク(演:ジェイソン・アイザックス)も、ジェームズ・ボンドにインスパイアされたキャラクターだ。
そのタキシードを身に纏ってから本格化するアクションの数々も、予想に反して(何せ、かのジャッキー・チェンだ)期待していた様な切れ味に欠けてしまっている。
ドノヴァン監督は広告映像制作出身なのだが、癖と云うのはやはり抜けないものである。過度な映像編集が目立つのだ。武術を駆使したアクションが最大のUSPでもあるチェンの魅力が、激しいカメラワークや、相次ぐカットに覆われて半ば沈んでしまっている。独自のセンスが光るジャッキー・チェンのアクション映画と云うよりは、巷に溢れかえるハリウッドのアクション映画と云った毛色が強い。
アクション・スターの力よりも、CGや視覚効果に頼ってしまった様で残念だ。
出典:”The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
そうしている間にも脚本担当のマイケル・リーソンとマイケル・J・ウィルソンのペアが、鹿の放尿シーンを忘れるまいと似た様なジョークを挿入するのだから気まずい半笑いを浮かべる他ない。
だが、美術ギャラリーの女性スタッフにどうやって声を掛けようか悩んでいる様子や、カメオ出演したジェームス・ブラウンに代わって踊り尽くすシーンの様にチェンのチャーミングな演技が滲み出している瞬間も、幸いにも点在している。拾っては味わい、ヒューイット扮するデルとの顔合わせシーンで仲間同士と分かるようチェンに『イイオッパイ』を合言葉に言わせる様な脚本が邪魔するまで余韻に浸ると良いだろう。
ヒューイットとチェンのタッグも決して悪くは無いのだが、さして名コンビと言える程でも無い。特にロマンスが髪の毛一本ほどでも2人の間に姿を現わそうものなら総崩れだ。オンスクリーンのカップルには不向きな組み合わせである。『タキシード』にロマンスは不要と言われればそうなのだが、主演2人の関係性が自然に深くなって行くのもキャラクターの別な側面を引き出す機会なので悪いアイディアではないはずだ。
オーウェン・ウィルソンやクリス・タッカーとのタッグが最早アイコニックとなったジャッキー・チェンだが、制作陣は『タキシード』でもお馴染みのレシピを使う事にした様だ。確かにバディ・スタイルを否定する理由は無いのだが、バディが誰なのかが重要だろう。
相性が良さそうだったアイザックスが早々に退場させられたのは驚きである。
『タキシード』のジェームズ・カーターの座に当てがわれたはヒューイットのデルだが、新人女性エージェントとしての位置付けが良くなかったかも知れない。デルのパーソナリティは脚本に影響されたのか、ドノヴァン監督の指示なのかはっきりしないが終始、単調で退屈なキャラクターとして描かれる。その上不名誉な事に、稚拙な沸点を持つ『タキシード』の毒牙を免れる事なく、隙あらばカメラはヒューイットの胸元や身体のラインを舐め回す様に映し出す。アイザックスよりもヒューイットを相棒役に抜擢した意図に良からぬものを疑ってしまう程だ。
2023年現在であれば、リリースが許可されたとて非難轟々であっただろう。
出典:”The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
ただ、ヒューイット自身のパフォーマンスに疑問を感じたと云う事ではない。ヒューイットなりのコメディやカリスマ性は充分に楽しめるのだが、『タキシード』でのチェンとは今一つ息が合わなかった印象だ。
本作のヴィランも、当人が思っているほど恐怖心を煽る存在ではない。
平々凡々な作品も魅力的なヴィランに救われる事があるのでディートリッヒ・バニング (演:リッチー・コスター)についても、折角のチャンスを無駄にしてしまった様に感じる。既に触れた様に、世界を股に掛けようと目論む計画そのものが失笑に値する内容なのだが(細かく言えばアメンボには蜂の様な”女王”を追う習性は無いのだが、制作陣に昆虫学者は居なかった様だ)、脚本と演技次第で戦慄する様な悪の総統を描く余地があった。
ボトル詰めされた飲用水を買う術の無い生き物はどうなるのだろう。飲用水の独占権で札束を数える前に、狂った生態系の影響で人類が滅ぶ可能性が大きい様に思うのだが、そんな冷静な事を言っていては『タキシード』は楽しめない。
ポテンシャルは充分に高かったはずだ。チェンの飛び抜けた身体能力とスタント力を丸め込んだ挙句に、彼らしいパフォーマンスをさせない脚本が『タキシード』に致命傷を負わせた凶器と言えよう。スターのスポットライトを奪ってしまうのは御法度だと思うが、『タキシード』では結果が如実に表面化した。
出典:”The Tuxedo(2002) © DreamWorks Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
幼少時代に印象的だった作品としての贔屓目もあっての評価となるが(ミア・コテット演じるシェリルが下着一枚となってチェンと大人の夜を過ごそうと誘惑するシーンで、父親が焦って映画館から私を連れ出したのも良く憶えている)、他のレビュー記事と考え方が違わない様にはしておきたい。私としては陳腐でサプライズもチャームも無い上に馬鹿馬鹿しいストーリーは観ていられないが、『タキシード』は馬鹿馬鹿しいとは思うものの、チェンのお陰で陳腐な面は幾らか緩和されたと感じている。
アクションもCGが介入したとは言え(チェンのアクションにCGを使うのは、ゴードン・ラムゼイにインスタント・ラーメンを調理してもらう様なものだ)、やはり香港アクション作品の覇者となったチェンの実力は流石だ。面白くない映画をも面白くしてしまう魔力を持っている。
エンド・クレジットでチェンの人柄が楽しめるNG集も小さなボーナスだ。
『タキシード』はそのコンセプトとチェンを存分に活かして、大胆なヒット作に仕上げられたかも知れないと思うと惜しいと言わざるを得ない。材料は揃っている、或いは揃いそうなのだ。『タキシード』以降、チェンを主演としたハリウッド映画は下火となりつつあったが、2023年現在現役でアクションをこなしている様子なので直近のリリース作品に改めて期待を寄せたい。
この映画を観られるサイト
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まとめ
『タキシード』はアイディアもキャストも期待を寄せられる作品だったのだが、蓋を開けてみると今一つ方向性が定まっていない様な印象と、ジャッキー・チェンを活かす撮影にも不慣れな感じが拭い切れなかった。結果的に歯痒い気持ちで観る事になった作品だ。
脚本も良くも悪くも稚拙で、コメディの質も肌に合わない人が多いだろう。ティーンエイジャーならば笑って楽しめるかも知れないが、ジャッキーらしさを求めて観ると期待外れとなるだろう。それはCGを交えたアクションも大きな原因だ。若き日のジャッキーに比べると動きが鈍り始めているのかも知れないが、やはり観たいのは彼のスタントワークだ。
キャンピーな2000年代初期の雰囲気は今でこそノスタルジーを誘うものがあるが、フラットの一本の作品として観ると、多角的にも大きく評価出来るところは無い。くだらないブロックバスター観て気を晴らしたい時に観る分には良いかも知れない。