グレタ GRETA
監督:ニール・ジョーダン
出演:イザベル・ユペール、クロエ・グレース・モレッツ、マイカ・モンロー、コルム・フィオール 他
言語:英語
リリース年:2018
評価:★★★★★☆☆☆☆☆
Greta(2018) ©Focus Features『参照:https://www.imdb.com』
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~”勢いは確かに感じたものの、スタミナ切れかラストにかけては期待していた程の捻りや稲ベンションは無く、結果的に平々凡々なスリラーに留まる”~
~”ユペールが成り切るサイコパスはちょっとベクトルが違う・・・ちなみに痛々しい描写が苦手な人にはちょっとお勧めしないかも”~
もくじ
あらすじ
ニューヨーク
そこでウェイトレスとして働くフランシス・マッカレン
フランシスは母親を先日癌で亡くし、寂しさに溺れていた
しかし娘の支えになれるはずの父親は家庭を顧みないワーカーホリック
喪失感に苛まれるフランシスはある日、地下鉄で鞄を見付ける
忘れ物だと思い、中に入っていた免許証から持ち主へ届けたフランシス
持ち主のグレタ・ハイデッグはフランシスに礼を言って家に招き入れる
母親を亡くしたばかりのフランシスはグレタと急速に仲を深めるが
フランシスはグレタの戸棚で図らずもある物を見付けてしまう・・・
レビュー
『グレタ GRETA』の舞台、ニューヨーク市にしては雑踏が妙に落ち着きを帯びているのは、実際の撮影地だったアイルランドのダブリン市を塗り替えてしまったから。ニューヨーク市には無い気品が漂います。イザベル・ユペールも同じ様に塗り替えられてしまったのか、絵に描いた様なサイコパスの片鱗は見せつつも奇妙な品性と落ち着きを醸し出す未亡人に扮します。
常に不気味なオーラを放つグレタですが、ラストを迎えてもその真価は発揮される様子も無く、口惜しさは否めませんでした。
全ては1つのハンドバッグに端緒を開きます。地下鉄に置き忘れたらしい小振りのデザイナース・バッグを拾い、少女フランシスの親切心が鳴らした、持ち主のドアベルが悪夢の始まりを告げます。持ち主のグレタ・ハイデッグは気品漂う初老の未亡人。フランシスはグレタと打ち解けますが、図らずもグレタがハンドバッグをデコイにこれまでも多くの女性を誘き寄せたらしい事を知ってしまいます。しかし、フランシスが身の危険に気付いた頃にはグレタの毒牙は既にフランシスの喉元深くに刺さってしまい、抗えば抗う程に苦しくなるばかり。前半の緊迫感は確かですが、それが仮初である事は否めません。ユペールが『グレタ GRETA』の観どころである事は疑い様も無いのですが、その異常性は物足りません。しかし、ラストのゴアリーな瞬間は別として、ニール・ジョーダン監督の手腕で幾分かのスリルが増幅される点には幸いしました。
充分に恐怖や脅威を感じる余地が無さそうなシーンも、巧妙に緊迫感を注ぎ足して行く事に長けているジョーダン監督と、フランシスを演じるクロエ・グレース・モレッツの迫真に迫る表情を駆使した演技によって、前半は寒心に堪えない瞬間が続く点は評価に値します。神出鬼没と表現しても差し支え無いグレタの登場シーンは予測に難くありませんが、シーンを殺気立たせるスコアや演出は陳腐なものの、悔しい事に効果的。
グレタの怪奇的な本性とは裏腹に、漂う気品とピアノ教師なる人物設定は芸術をこよなく愛する猟奇的な病質者の脅威をエンハンスさせる意図を感じますが、こればかりは過剰。ユペールが紛れも無いサイコパスに成り切っていれば良かったのですが、脚本にエンハンスする様なバランスを感じられない為、グレタの気立ての良い雰囲気だけが強まる一方でした。
出典:”Greta(2018) ©Focus Features”『参照:https://www.imdb.com』
アンバランスと言えば、ジョーダン監督の不可思議なディテールの扱い方。主演のユペールとスクリーンを分かつモレッツですが、鑑賞後でもそのキャラクターを表現しようとすると言葉に詰まります。母親を癌に亡くし、ウェイトレスを務めながらマイカ・モンロー演じる親友と暮らす若い女性である事以上に言える事がありません。一方で数分程度のスクリーン・タイムしか与えられていないフランシスの父親、クリスに関しては船のデザイナーである事から娘に対するスタンスまで、比較的細かく分かります。
フランシスに限らず、マイカ・モンロー扮するエリカに言及しても、紙切れの様にキャラクターが薄く、魅力に欠ける。
『グレタ GRETA』も総じて、様々な意味で具体性を持たせた方がホラー映画やスリラー映画としての魅力が格段に向上したのでは無いかと思いました。指が千切れたり、先に述べた様な悔しいながらも緊張感を醸し出したりするブラッディなホラー映画らしい瞬間は確かにありますが、オーディエンスに止まらぬ震えを植え付けるには至らない。モレッツがグレタの魔の手に掌握される被害者の1人に過ぎず、拳を握り締めて行く末を案じるに値するキャラクターで無い事も問題ですが、ユペールの強烈なストーカー気質に何を感じるべきか分からない為、『グレタ GRETA』はスリラー映画とコメディ映画の境界線付近を流れ歩いてしまいます。
『エル ELLE』(2016年)でアカデミー賞の候補者として名を挙げたユペールが『グレタ GRETA』での役柄を楽しんでいる様子は結構ですが、もう一歩踏み外したサイコパスを演じて欲しかった。
出典:”Greta(2018) ©Focus Features”『参照:https://www.imdb.com』
その点、モレッツのキャラクターに関してもラストにかけての投げ槍な描写も感心に値せず。B級ホラー映画に見られがちな、冷静で頭の回転が速い人物設定のキャラクターが説明のつかない事に、驚異的に馬鹿げた行動に出てしまう瞬間には難色を隠し切れませんでした。パニックに駆られたとは言えない場面で、甚だしく思慮に欠けた衝動的な行為が命取りとなるシナリオは、これまでに幾度と観て来た事か。
『グレタ GRETA』はホラー映画の作り方を記した教科書を地で行く作品なので退屈だとか、酷評に値するだとかと言える作品ではありませんが、殊更に惜しく感じてしまうのは前段でビルドアップした薄気味悪いアンビエンスが期待を底上げしてしまったから。陳腐なストーリーは一蹴しそうな『グレタ GRETA』は、中盤から力尽き、それまで全く考慮しなかったキャラクター・ビルディング不足のダブルパンチを受けて、平凡なスリルを演出する作品に留まります。
しかし、チープなスリルは時折ジャンク・フードを食べたくなる様に、奇妙な欲求を満たす為に必要な存在。『グレタ GRETA』は、特にそうした衝動を感じている方にこそお勧めしたい映画でした。
グレタの脅威はグリッピングで、冒頭1時間を惜しみ無く費やされたテンションのビルドアップは『グレタ GRETA』の観どころ。
戸棚を開けるとグレタの手の内に落ちた女性の名前や情報が丁寧に記された付箋が、幾つもの同じハンドバッグに貼り付けられた異様な光景に目を奪われ、途端にペースを上げる心拍が鼓膜に響く。温和な未亡人の仮面に隠された異質で謎めいた執念を目の当たりにすると、背筋を冷たい稲妻が走る様な感覚に陥ります。体調不良を装ってグレタの巣窟から逃げ出そうと試みるフランシスの様子も、グレタに勘付かれないか肝が冷える思いをしながら観入ってしまいます。フランシスがグレタを避け始めると、その執拗な本性は白日の下に晒され、警察や法的機関が問題に出来ない程度の絶妙な距離感で巧みにストーキングを働くグレタ。
この描写は後述の通りストーカー被害がエスカレートして実害が出るまで、手を拱いて対応しない警察を揶揄するものでもありますが、映像として鑑賞すると実に心地が悪いもの。
そしてグレタの蜘蛛の糸は広がり続け、軈ては親友でルームメイトのエリカにまで及ぶシーンが『グレタ GRETA』が放つスリルのハイライトです。
出典:”Greta(2018) ©Focus Features”『参照:https://www.imdb.com』
グレタからフランシスへ送られる写真。そこにはグレタに気付かず、携帯電話を弄るエリカの姿が。肝を冷やしてエリカに電話を架けるフランシス。危険を知らされたエリカは、周囲を見渡しながら帰路に着くも、フランシスにはその様子がグレタから画像で次々と送信され、逃れられない、見えない恐怖が確実に近付く感覚に喉元が詰まります。しかし、そのテンションも短命。『グレタ GRETA』のその後は、このシーンの様にオーディエンスを惹き付ける力を失います。
『グレタ GRETA』はその後、グレタがサイコパスの真価を発揮してフランシスを誘拐し、監禁しますが、ここからラストに向けてはパワープレイが目立ちました。『狼の血族』(1984年)でデビューしたジョーダン監督は、ジャンプスケアやブラッディな馴染みがあるホラーの演出を好みますが『グレタ GRETA』でもその期待を裏切らず。期待と言っても、単純に痛々しく鮮血が飛び散るだけのスプラッタに頼り切りの仮初の様な恐怖には感心しない質なので、『グレタ GRETA』のそうした描写はマイナスでした。
エリカを追うシーンで積み上げたテンションの勢いをラストに向けて保つべく千切れたグレタの指へスームインしたり、鎮痛剤を注射する様子を映したりと誤魔化しの様なシーンが目立ちました。
監禁されたフランシスもスクリーンタイムが多いだけでキャラクターとしての魅力が描かれていないので、無事にグレタの毒牙から逃れられるか否かもシーンが引き延ばされれば引き延ばされる程、冗長に感じてしまい、早く結論が知りたい方に気持ちが急いでしまう。監禁されているのが誰であっても『グレタ GRETA』が齎す緊迫感のレベルは変わらない。フランシスである必要性がありません。
出典:”Greta(2018) ©Focus Features”『参照:https://www.imdb.com』
無論、フランシスの父親が雇った私立探偵がグレタの正体に近付き、フランシスを救い出せるか否か緊迫感が高まるシーンや、エリカがグレタを欺いてフランシスを救い出す流れには少々驚かされましたが、同様のスリルが全体を通して脈打ってくれれば良かったものの、実に惜しい。
竜頭蛇尾ではありませんが、竜頭”虎”尾と言ったところ。
竜の如く勢いあるオープニングと前段のグリップに比べて、蓋を開けると虎が現れてしまう以上、悪くは無いものの期待に反して残念である事は否めませんでした。
今世紀は#Me Tooを中心に、抑圧に苦しんだ女性の解放が徐々に勢い付いた時代でした。無論、未だにある側面では女性が男性よりも理不尽な振りを押し付けられている現実があり性犯罪もその一面です。
『グレタ GRETA』では過剰なストーキングを行うグレタに対して、フランシスは幾度か警察に通報しますが、彼女が感じている身の危険とは関係無く、公共の場であればハラスメント行為にはならないと冷たく言い放つ警察官。グレタはフランシスに指一本触れていなければ、特段問題となる発言は直接的にしていませんが、遠目から長時間観続けられる精神的な苦痛は確かなのに手を差し伸べる存在が居ない。女性も男性も自分の身は自分の問題で州や国の問題では無いと宣言する様なもの。
印籠の如く手当たり次第に男性の発言や行為を都度ハラスメントと主張する女性も確かに存在する為、過剰に女性を保護するのも問題なのでバランスが難しい世界ですが、実際に被害に合った女性が泣き寝入りする事態もあってはならない。#Me Tooによって女性が助けを求め易い社会に進歩したなどのミスコンセプションを改めて認識させてくれます。
出典:”Greta(2018) ©Focus Features”『参照:https://www.imdb.com』
しかしながら『グレタ GRETA』はこのテーマについて深く触れる事は無く、前述した物足りないラストへと駆け抜けます。iPhoneの画面を恐怖に慄いた表情で眺めるだけのフランシスの末路は知った事では無いとなれば、注目はユペールへ。
サイコパシーのニュアンスはワントーン下げても良かったと述べましたが、フランシスやエリカの描写を踏まえるとキャスト以前にロボットが吐き出した様に生命を感じさせない脚本に非があると言って差し支えありません。ユペールは細かな一挙手一投足に不可思議な違和を感じさせる才能を花開かせ、味気無いキャラクターに少しでも生き血を通わせます。
然りとて『グレタ GRETA』を月並みなスリラーから救い出すには至らず、それでも『グレタ GRETA』が昨今のエンターテインメントの中でもベターな部類に含まれるとなると少々虚しい気持ちを禁じ得ません。良作か駄作かの評価軸よりは、フラストレーションが溜まる映画として評価された方が適切です。
映画が前半で触れた様な一味違うスリルへの期待は的を得ず、進むにつれてジョーダン監督の意図が差し詰め平凡なスリラーを作る事にあると勘付くと、肩を落とすしかありませんでした。レビューも難しく、お勧めすべきかも一概には言えませんが、スリラーに目が無い方なら一見の価値は感じるかも知れません。
この映画を観られるサイト
『グレタ GRETA』は全国の映画館で11月8日から上映中!
並みにスリリングな映画を観たい方にはお勧め出来る映画でした。
まとめ
特徴的とは言えない映画だったので、記憶にもそう残る事が無かった作品でした。『グレタ GRETA』と言えば、ユペール以外に際立つものがありませんが、そのユペールでさえ面白みの無い脚本のダメージからは逃れられなかった。
グレタの怪奇に理由付けまでは要らないものの、下手にクラシックを愛する様な人間で無く完全に箍が外れた獣の様な狂人でも良かったかも知れない。
キャストのポテンシャルが高いだけに(無駄だったとは皆目思いませんが)、典型的な勿体ない映画として評するしか無い作品でした。