ANNA/アナ
監督:リュック・ベッソン
出演:サッシャ・ルス、ヘレン・ミレン、ルーク・エヴァンス、キリアン・マーフィー、レラ・アボヴァ、アレクサンダー・ペトロフ 他
言語:英語
リリース年:2019
評価:★★★★☆☆☆☆☆☆
ANИA(2019) © Lionsgate『参照:https://www.imdb.com』
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~”ベッソンのスタイルが活きたエンターテイニングでフェアなアクション映画だが、山程積もった既存の女スパイモノとは一線を画せないレシピの使い回し感は否めず、内容は平々凡々としか言えない作品に”~
~”その美貌も相まってサッシャ・ルスは印象的だが、オーディエンスの予想を裏切る事に集中し過ぎたストーリーラインは確かに驚きはあっても中身がスカスカで忘れ易い”~
もくじ
あらすじ
ソビエト連邦
アナ・ポリアトヴァは恋人の暴力に苦しんでいた
そんなアナの美貌と知能の高さに目を付けたKGB
アナはスパイとしてスカウトされ、現状から脱する為に承諾
5年間KGBに従事した後は自由の身を約束された
過酷な訓練を受けた後、次々と暗殺の任務をこなして行くアナ
ある日、任務中にCIAにアナがスパイである事を見抜かれてしまう
そしてCIAの二重スパイとして働く様に持ち掛けられる
応じた暁にはハワイで安全な暮らしを提供する、と
自由を求めるアナが選んだ道は・・・
レビュー
飛蛾の火に赴くが如く、死の落とし穴に恍惚とした表情で落ち行く愚かな獲物。しかし、落とし穴の底にサッシャ・ルスが待ち構えているとなると、意気揚々と陥るのも頷けます。
ファッション・モデル、転じて女優へと昇華したルス。彼女に銃口を突き付けられても、その恐ろしく端正な顔立ちと吸い寄せる様に灰色掛かった蒼い瞳に抗う事は適わない。『ANNA/アナ』でルスが扮するエレガントなアナ・ポリアトヴァは、モスクワ市の路面市場でマトリョーシカを売る苦学生。その美貌がスカウトマンの目に留まり、パリへ渡ってファッション・モデルとしてアナは新たなキャリアをスタートさせます。程無くして所属事務所の投資家の1人、オレグに見初められるも、2人の関係が遂にベッドへと滑り込む兆しを見せた刹那、銃声が轟く。
秘密裏に軍器を違法ルートで捌いていたオレグに続いてのべつ幕無しターゲットを粛正するアナ。『ANNA/アナ』のスタイリッシュで嫋やかなアクションは一見エンターテイニングですが、込み上げる既視感は抑え切れず、ベッソン監督の既存作をブレンダーでミックスした様な味わいには落胆。パイオニア精神に欠けた、無難な凡百の映画に仕上がっています。
オレグの額に風穴を開ける3年前、アナは粗暴な恋人に蹂躙されて悲痛に暮れる日々から脱する時を切に願っていたものの、カタルシスは訪れない。自ら命を絶とうとした時、アナの美貌と知性に眼を付けたルーク・エヴァンス演じるアレクサンドル・チェンコフにKGB(ソ連国家保安委員会)のエージェントとしてスカウトされて人生が一変します。
出典:”ANИA(2019) © Lionsgate”『参照:https://www.imdb.com』
遍く束縛から脱する事を何よりも望むアナは5年間KGBに従事すれば自由になると約束されるも、任務中に諜報員である事をCIAに暴かれてしまう。
『ANNA/アナ』の物語は狐と狸の化かし合い。その為、タイムラインが東奔西走する上にルスが地球上の全てのウィッグを代わる代わる着けて姿を変えるので、事象の前後関係は分かり難くなっていますが、想定だにしなかったラストへ繋がる伏線を回収する為の構成として、一概には責められません。
ストーリーが進むに連れて回想シーンを介して新たな事実が白日の下に晒されるので、衝撃の絡繰りが明かされて点と点が繋がる感覚は相応に楽しめます。
しかし、『ANNA/アナ』の主要撮影が開始された矢先に『レッド・スパロー』(2018年)が公開された事はベッソン監督を焦燥させたはず。フランシス・ローレンス監督の『レッド・スパロー』は、如何せん『ANNA/アナ』のプロットを洗練させ、謂わばハイグレードに仕立てた上等品。『レッド・スパロー』のロシアに仕える眉目秀麗な諜報員が、己の官能的な魅惑に眉を垂らした空け者を手玉に取って任務を遂行するストーリーも『ANNA/アナ』に酷似しています。
タイミングの不幸が重なったとは言え、恰も『レッド・スパロー』にインスパイアされたベッソン監督のプアーな模倣作として『ANNA/アナ』が世に送り出された印象。特に実力派のヘレン・ミレンやキリアン・マーフィーをキャスティングしているだけあって、才気が空回りしていると言わざるを得ません。捻りはあるものの、アサシンの生誕と行く末を語った千篇一律の映画コレクションに名を連ねる事となった『ANNA/アナ』は、奥行きを感じられないキャラクターの描写も致命的。
ルスの瞠目すべき美貌が損なわれるシーンこそありませんが、脚本上の設定かルスのパフォーマンスか真因は定かでないものの、表情のバラエティが著しく乏しい。仮に、フィナーレでアナが未来から送り込まれた殺戮マシンだと明かされても驚かないほど。
出典:”ANИA(2019) © Lionsgate”『参照:https://www.imdb.com』
アナの感情が殆ど読めず、ポーカーフェイスを湛えていない時は憎悪や苦衷を抱えた表情を往来するばかりで、メインのキャラクターにも関わらず人間的な感情に突き動かされている様子や血の通った一面を観られなかった事は難点です。
『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』(2017年)でマイナーな役柄を演じたルスを、リードに仕立て上げたリスクが顕在化した様に感じられ、必要以上とも感じるルスのセミヌードやヴィクトリアズ・シークレットの最新コレクションと思しき衣装を纏ったシーンの数々はベッソン監督の烏滸がましい逃げ口上ではないかとさえ疑ってしまう。
然りとてオリジナリティは求めず、ベッソン監督らしい作品は諸手を挙げて歓迎するなら、『ANNA/アナ』は充分に楽しめます。
『ニキータ』(1990年)や『レッド・スパロー』の二番煎じとしては及第点を与えられる作品なので、全くお勧めしない映画とは言えませんが観終わった後はストーリーやパフォーマンスよりも、有り余る程にセクシーな出で立ちで派手なアクションを熟すルスの姿が脳裏に焼き付くばかり。写真集をスライドショーにして観た様な気分で映画館を去る事になった一作です。
恋人の暴力に苦しめられ、絶望の淵に立たされた日々に苛まれるアナ。
KGBへのスカウトを機に新たな人生と自由への切符を手にしたものの、混沌としたタイムラインの狭間にアナの真価と、天性の高い才智を花開かせたストーリーが失われています。痣と涙袋を腫らした果敢無げな女性が、数秒後には自信に満ちた血色の良い顔で上官にチェーホフの戯曲を暗唱している。終始、アナには天性の暗殺者としての資質があるらしい事と比類無き美貌を除いてコメントに至る特徴が見当たりません。
『ターミネーター』(1984年)でアンドロイドのT-800を演じたアーノルド・シュワルツェネッガーでさえ、アナに比べて人間味がありました。CIAとKGBを欺いたアナが、マトリョーシカに喩えて己の本質を問う、恰もアナのキャラクターとその波乱に富んだ半生を介して『ANNA/アナ』に横紙破りな奥行を与えようとしている脚本には、憮然たる顔を隠せず。
古典的な文学小説然とした、しかし勃然とステージ中央へと躍り出たアイデンティティのコンセプト。アナが鳥籠の外を望み続けていたとは言え、『ANNA/アナ』はアイデンティティの核心に迫る様なストーリーよりも、溢れんばかりのフェティシズムが迸るルスのコスチュームの方がベッソン監督の注意を引き付けていた様子でした。
出典:”ANИA(2019) © Lionsgate”『参照:https://www.imdb.com』
眉目形に拘泥し、オポチュニスティックな脚本の行く末は事理明白。
『ANNA/アナ』が齎す災厄の餌食となったミレンにも暫し黙祷を捧げたい。ミレンは過去に敏腕な諜報員として活躍していたと暗示するバックストーリーと、易々とは眉を上げない冷徹なキャラクターが放つ威光が印象的なオルガを演じます。峭刻な人物ですが、気に入っているチェーホフの作品を暗唱しただけのアナを直々に庇護する流れとなったシーンは、朝令暮改の脚本が漂わせる愚作の兆しに満ちています。
任務中にCIAのレナード・ミラーに接触された事をオルガが見抜いた理由こそ、その慧眼が利いたとは言え、CIAに繋がる根拠は論理ではなく、『ANNA/アナ』が一瞥もしなかったアナとオルガの絆の恩恵に頼るもの。
実娘の如くアナの一挙手一投足を手に取る様に読める。ミレンでさえ、その一句には納得感を持たせる事は出来ていませんでした。オルガの直属の部下として任務を完遂させるスリリングなアクションの数々こそ観られるものの、オルガと密な関係性を築いている事を実感させる瞬間は皆無。如何せん、オルガとアナがスクリーンを共にする事も少ないのだから発展のさせようがありません。
ルスとの濡れ事に耽溺するエヴァンスとマーフィーも、アナのラブドールに徹するのみ。妖艶でセクシャルでなければ、スパイの世界ではないと言わんばかりの皮相的な演出の大波に攫われて、雲散してしまうキャラクターにエヴァンスとマーフィーを起用するのは過ちだったと言わざるを得ず。
出典:”ANИA(2019) © Lionsgate”『参照:https://www.imdb.com』
殊にマーフィ演じるミラーはオルガに次ぐ洞察力と頭脳を誇り、アナがKGBの諜報員である事を突き止めたのも、引鉄となったのはミラーの観察眼。先手を打ってアナに伏撃を講じたのもミラー。しかし、その知性がプロットの刺激的なエッセンスに成り代わる事なく、ミラーは幕を迎えます。
追い討ちを掛ける様ですが、ルス、エヴァンス、マーフィーの相性も良いとは言えないシーンが続く事もマイナス。セックスシーンは度重なるものの官能的な響きが欠けており、強要されている様な印象すらありました。
デジャヴばかり誘う焼き直した様なストーリーと無味乾燥なキャラクターの表情に乏しい顔貌を眺め続けるのは、誰かが噛み終えたガムを口に放り込む様なもの。噛み続けても味が出ない『ANNA/アナ』ですが、両手で力の限り搾り尽くすと辛うじて滲み出るのがアクションの雫。
チェスの最中にヘッドショットで敢え無く始末されたワシリーエフ。耄碌したとは言え、片手をチェス盤に隠して拳銃を仕込むアナに気付かないKGB議長の呆気無い死も落胆したポイントの1つ。
続くKGB本部からの脱出劇では追手を返り討ちつつ、ルスの優美な肢体が熟すアクションは一閃するものの、鋭さに欠ける動きが目立ちます。螺旋階段から逃走を図るアナが、至近距離で発砲された銃弾を屈んで躱す瞬間は特に杜撰な擬斗が馬脚を現していました。けたたましくサイレンが鳴り響くホールに、警備員が駆け付けますが、不思議と拳銃を携行している様子がなく、警棒を振り翳しながら折り目正しく譲り合ってアナを襲撃します。
チープで、命を懸けているとは到底思えないアクションがクライマックスを飾ってしまうのは残念極まりない。
辛うじて搾り出たアクションの雫が滴り落ちるのは、粗雑なフィナーレではなく、アナのファースト・ミッションとなる暗殺任務の一幕。カフェテリアで食事を楽しむターゲット。5分以内の粛正を命じられたアナは颯爽と銃口を突き付けて引鉄を引くも、オルガに手渡された拳銃は銃弾が込められていなかった。クリーンなヘッドショットで終わらせる事が出来ず、斯くして任務は『ジョン・ウィック』を彷彿とさせるアクション・シーケンスへ突入します。
出典:”ANИA(2019) © Lionsgate”『参照:https://www.imdb.com』
流麗なルスの擬斗はクライマックスに比べてダイナミックな印象があり、クリエイティヴなアクションが煌めきます。割れた皿を両手に、襲撃者を切り刻むアナ。纏っていた純白のファーは鮮血に染まりますが、アサシンとしては華々しいデビュー戦を飾ったと言えるシーンです。
緻密に設計された肉弾戦も爽快感と圧倒される躍動感に見惚れますが、リーサル・ウェポンと化した日用品を巧みに乱舞させながら火花を散らすシーンは、映画にこそ求めているアクション。『ANNA/アナ』の数少ないハイライトの1つ。
ルスはミラ・ジョヴォヴィッチやカーラ・デルヴィーニュに並ぶスクリーン・プレゼンスを放つものの、キャラクターに命を吹き込むには至りませんが、熟練者のミレンにさえ救済の余地を与えなかった『ANNA/アナ』では無理もありません。ベッソン監督はこれまでも『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』や『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』(2011年)の様に、批評家に不評な作品を世に送り出したものの、ユニークなコンセプトやアイディアが僅かながらも感じ取れましたが、『ANNA/アナ』にはそれがありません。10分足らずのアクションと興味を唆るルスのインナー姿を除いて凡庸と評さざるを得ない作品です。
肉薄すると、矯飾のメッセージや見当たらない着地点が映画としての意義に疑問符を投げさせる映画で、ベッソン監督を騙った駆け出しのゴーストライターが製作をリードしていたと疑うほど。エンターテイニングな瞬間が点在していて絡み合う欺騙の糸はラストまで解せないとは言え、『ANNA/アナ』はベッソン監督のファンや箸が転んでも楽しめるオーディエンスにしかお勧めしません。或いは噛み古したガムでも口にしたい程に刺激に飢えているなら、『ANNA/アナ』は相応に楽しめる仕上がりです。
この映画を観られるサイト
『ANNA/アナ』は公開延期となってしまい、日本で鑑賞出来るのはいつになるか分かりませんが、今はコロナが収まるのを待ちましょう!皆様もどうかご無事で・・・
まとめ
煌めくスタイルは楽しめますが、語り継がれる様な名作とは程遠い作品。粗雑な脚本と薄味なキャラクターには愛着も湧かなければ、印象に残る事もありません。唯一、見苦しくないアクション・シーンを除けば『ANNA/アナ』の観どころは殆どありません。
真実こそ予想出来なかったものの、騙し合いが重なっている事は予見出来るので全てが解けた時の驚きはあっても効果は半減している。
ルスの美しさとカリスマこそ幸いしたものの、『ANNA/アナ』は劇場を後にしたら今日の夕食の方が気になってしまう様な作品でした。