ドラゴン・タトゥーの女
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ダニエル・クレイグ、ルーニー・マーラ、クリストファー・プラマー、ステラン・スカルスガルド、スティーヴン・バーコフ、ロビン・ライト、ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン、ジョエリー・リチャードソン 他
言語:英語
リリース年:2011
評価:★★★★★★★★☆☆
The Girl with the Dragon Tattoo(2011) © Columbia Pictures『参照:https://www.imdb.com』
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~”ハードボイルドでダーク!デヴィッド・フィンチャーらしい雰囲気に満ちたスリリングなエンターテイナー”~
~”複雑なプロットを上手く紡ぎ合わせた良作ですが、ミステリーのエッセンスは弱めで意外にも大きなサプライズは無し!醍醐味は真実を暴くまでの工程の方かな”~
もくじ
あらすじ
記者ミカエル・ブルムクヴィストは大物実業家ヴェンネルストレムの武器密売をスクープするも名誉毀損で訴えられ、敗訴し全財産を失う
失意のミカエルに別の大物実業家、ヘンリック・ヴァンゲルから電話が
ある謎を解明して欲しいとの依頼で、見返りに判決を覆す証拠を渡すと言う
謎とは、40年前に当時16歳の曾姪孫が行方不明になった事件
ヘンリックは一族の誰かに殺されたと主張する
依頼を引き受けたミカエルは独自に捜査を進め、
猟奇連続殺人に関わる一族の秘密を知ることになる
そしてミカエルは、彼に興味を持ったドラゴンの刺青をした、
フリーの天才女ハッカー、リスベットとともに
ヴァンゲル一族の謎と事件を解決していく
レビュー
ノオミ・ラパスを主演に迎えた『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)(ラパスの出世作になった作品でもある)の興行的成功を受け、デヴィッド・フィンチャーがメガホンを手にして同作のハリウッド化が実現。キャストも一新され、フィンチャー監督らしい暗い地下室に迷い込んだ様な、纏わり付く闇が一層映える仕上がりになっています。
オ-プニングを飾るアッティカス・ロスとトレント・レズナーによるレッド・ツェッペリンの『移民の歌(Immigrant Song)』はCGを駆使したビジュアルも相まって、掴みの効果は抜群。スピード感があるテンポを刻むロックなビートから始まり、金属音やギターがカオティックに鳴り響く中で軋む様な、しかしパワフルなカレンOのボーカルに鼓膜が乗っ取られる。『ドラゴン・タトゥーの女』のダークなトーンを見事にセッティングしてくれます。
そこに孤高の天才ハッカー、リスベット・サランデル(扮するのはルーニー・マーラ)の過去を描くショートフィルムの様な、漆黒に包まれた強烈な映像の効果も重なって瞬く間に吸い寄せられてしまう。
しかし竜頭蛇尾と勘繰る事なかれ。『ドラゴン・タトゥーの女』は158分にも及ぶランタイムを感じさせない程にスリリングなエンターテイナーで、募る期待を裏切らない。
007のコードネームに代わり、本作では記者の肩書を与えられたダニエル・クレイグが演じるのはミカエル・ブルムクヴィスト。ブルムクヴィストは実業家ハンス=エリック・ヴェンネルストレムに対する武器の密売スキャンダルをスクープするも証拠を提示し切れず(実際は、密売に纏わる告発もヴェンネルストレムに仕組まれたものだった)名誉毀損で訴えられて敗訴。自身のキャリアに加え、全財産を失う窮地に立たされてしまいます。
出典:”The Girl with the Dragon Tattoo(2011) © Columbia Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
しかしブルムクヴィストの調査手腕を見込んだヘンリック・ヴァンゲルが助けを申し出た事で、好転の兆しが見え始めます。ヘンリックはスウェーデンを代表する大企業を経営するヴァンゲル一族の者で、表向きは一族の伝記の執筆依頼としつつ、実際には40年前に失踪した曾姪孫のハリエットを殺害した犯人を突き止める様に申し出る。真相の解明を条件に、ヘンリックはブルムクヴィストの敗訴を覆す証拠書類を差し出す事を提案。
捲土重来の望みに抗えないブルムクヴィストは調査を進め、その結果、一見失踪の謎とは繋がらないヴァンゲル一族を取り巻く不可解な連続殺人者の存在が明らかに。そして薄紙を剥ぐ様に全容が見え始めますが、確たる犯行の証拠を掴むべく、ブルムクヴィストはヘンリックの顧問弁護士ディルク・フルーデに調査人員の確保を依頼。
フルーデは、失踪事件の調査依頼にあたって密かにブルムクヴィストの身辺調査を担当させたリスベットを再び起用。敏腕ジャーナリストと孤高の天才ハッカーがタッグを組んで一族の闇に挑みます。
しかし、『ドラゴン・タトゥーの女』はコメディックな毛色が強いバディ映画には程遠く、ブルムクヴィストとリスベットのパーソナリティを緻密に描き出す事で共通点と相違点のディテールを浮き彫りにし、互いが惹かれ合う(良くも悪くも、恋愛感情に限らない意味で)様子に説得力を持たせるアプローチで、個々の人物としてのチャームとペアとしての魅力を同時に際立たせています。
出典:”The Girl with the Dragon Tattoo(2011) © Columbia Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
過激なレイプや性的描写が屡々スクリーンを侵しますが、『ドラゴン・タトゥーの女』のそれは、性的弱者とされてきた(映画作品でもその様に描かれる事が多い)女性キャラクターの心理描写が興味深いです。多くの作品では加害者が報いを受ける事はあっても、それは性犯罪をテーマにした過度な憂さ晴らしと言っても過言ではない。『アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ』(2010年)の様にレイプに対する復讐劇にフォーカスした作品もありますが、『ドラゴン・タトゥーの女』は何も単一の害悪に焦点を絞った復讐劇ではありません。
ヒロインのリスベットは打ち砕かれる度に強さを増していく人物で、復讐ばかりでは終止符を打たない。苦難を人間としての内なる力に変える術を持っており、これはリスベット自身が過去に喫した凄惨な虐待体験に屈せず生き抜く為のサバイバル・スキル。
リスベットの魅力は(考えてみれば哀しい事でもありますが)外敵から身を守る為に体得した、野生動物的とも言うべき並々ならぬタフな精神です。憤怒に燃え、犯罪に犯罪を重ねる事が目的と化した報復のオンパレードではなく、大局的な生き方にも繋がる知恵の様なものさえ感じる。『ドラゴン・タトゥーの女』は『セブン』(1995年)よろしく錆びたヒンジが軋む様な映像に隠されたミステリーを興じさせつつ、それを追う中心人物への深いエンパシーや感慨を誘う構成と描写が観応え充分な作品にしてくれています。
『ドラゴン・タトゥーの女』に巣くうミステリーの側面はエンターテイニングに違いないものの、繙いてみると差し詰め『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2019年)や『アガサ・クリスティー ねじれた家』(2017年)に通じるクラシカルな謎とも言える内容で、実は目新しさはありません。ユニークなのは、その展開手法。
探偵役のジャーナリスト、ブルムクヴィストに与えられた小屋が建つ凍てつく離島は巨大な密室も同然で、聖書に準えた奇妙な連続猟奇殺人事件と点在する糸口を繋ぎ合わせてパズルの輪郭、そして全体像が次第に明らかになって行く。
そして決定的なヒントと決定打となる探偵の閃きで全てが一本に繋がり、犯人が白日の下に晒されるが、時を同じくして次の犠牲者が出るか出ないかの瀬戸際が迫り、最後のサスペンスがオーディエンスを飲み込む。
アガサ・クリスティ然としたミステリーは軽快とも言えるテンポでストーリー骨子に忠実に沿ったシンプルな展開になる事が多いのですが、『ドラゴン・タトゥーの女』は神経を虫が這う様なキャストのパフォーマンスがミステリーに独特の奥行きを与えています。ストーリー展開にも、そのナーバスで混沌としたエッセンスが宿り、クラシカルな謎解き物語に一層の迷霧が吹き込まれている。
出典:”The Girl with the Dragon Tattoo(2011) © Columbia Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
目に見えぬ不穏な空気に慄いている様な表情を常に湛えたクリストファー・プラマー、ステラン・スカルスガルドをサポーティング・キャストに連ね、作品の緊張感が緩まない。フィンチャーが納得しない演技をしようものなら、頭を噛み千切られると脅されている様にも思える、静かなストレスが常に漂います。
このストレスが、『ドラゴン・タトゥーの女』が表現するダークな世界観にマッチしていてオーディエンスを手繰り寄せるパワフルな引力に。
そしてストーリー展開の面白さには、脚本を担当したスティーヴン・ザイリアンが描いた型破りな構造も寄与していると言えます。『ドラゴン・タトゥーの女』では複数のサブ・プロットや伏線が並走し、特に大衆迎合的なミステリーやクライム・サスペンス映画に顕著な三幕構成ではない、複雑な構成を採りつつも、本筋のミステリーを見失う事なく、且つロジカルに幕毎のキャラクターの位置関係を変えて繋ぎ合わせている。
『ドラゴン・タトゥーの女』に、言い知れない居心地の悪さを感じ、それを”ランタイムが長過ぎる”とか”ストーリーが複雑過ぎる”としか表現出来ない様であれば(一理はあるかも知れない一方で)幅広い観客層に受け入れられる定型フォーマットに則らない筋書きに慣れていない故の違和感でないかと思います。必ず解に繋がる方程式に当てはめた、起承転結とその流れが予測出来る作品に安心感がある事は確かですが、物語に必要なエッセンスを緻密に設計し、従来と異なる発想によって繊細なディテールも漏れなく作品に取り込んでいる点は特に評価したい。
出典:”The Girl with the Dragon Tattoo(2011) © Columbia Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
ブルムクヴィストの凋落を招いたヴェンネルストレムへの報復と汚名返上を終始主軸にする事で、ミステリーを解明する充分な動機付けを行い、リスベットにも(途中でブルムクヴィストの幕と合流するものの)物語のストリームを設けて、謂わばヒューマン・ドラマ的な側面と交差させているからこそ、サスペンスにリアリティとグリップ力が生まれた作品だと思います。
真相が暴かれる瞬間の衝撃的な快感こそがミステリーの醍醐味ですが、『ドラゴン・タトゥーの女』では作中を通して感じられるナーバスなエネルギーが抜け切らず、少々淡泊なラストになったと言えます。猟奇連続殺人事件の犯人が明かされるも、意外性や仰天感に欠け、(ブルムクヴィストが想像するに堪えない拷問を受けそうになった場面こそ緊張しましたが)ストーリー上の位置付けとして濃淡があった様な印象は受けませんでした。
好き嫌いの議論になりますが、同監督の作品で言うならばミステリーのグリップ力は『セブン』や『ゾディアック』(2007年)に比べて弱く、マルティンの突然の死からヴェンネルストレムに報いるまでは陳腐なスパイ映画にすり替えられた様な印象が若干ありました。
その時点でリスベットの手腕には疑念を挟む余地も無いので、悠々とヴェンネルストレムの銀行口座に侵入する様子を見せられたとて妙な納得感があった事は幸いでした。
そしてルーニー・マーラを語らずして『ドラゴン・タトゥーの女』のレビューは成立しない。
出典:”The Girl with the Dragon Tattoo(2011) © Columbia Pictures”『参照:https://www.imdb.com』
冒頭で触れた様に、リスベットの魅力は猛々しく燃える炎の様なタフさですが、加えて特筆すべきは千変万化するマーラの印象的な存在感と風采です。恰も、般若の面が表情の変える様にマーラ演じるリスベットは、オーラとでも言うべきものを多様に変化させ、ミステリアスなベールに一層深みを与えています。
コーラを啜りながらパソコンに何やら打ち込んでいる様子はティーンエイジの男の子の様で、ブルムクヴィストと抱き合っているシーンでは(特にリスベットが流れの主導権を握っている瞬間は)間違いなく女性で、バイクを疾走させて犯人を追う様子は気骨のあるヒロイン。マーラ一人で複数の役を思うままに操りながらも、違和感すら覚えさせない。ラストまで『ドラゴン・タトゥーの女』がその勢いを失わないのも、彼女の存在が大きい。
エッジのある彼女の特徴の中でも、私が特に気に入っているのは常に漂う糞食らえと言わんばかりの態度。
敢えて日本語に翻訳するまでも無い野卑な文句は、リスベットが短いシーンの中で一度だけ着ていたTシャツにプリントされたもの。中途半端な不良風情が着ると失笑の的ですが、リスベットは様々な意味で着こなしてしまう。世界に中指を立てながら、そう声高に叫ぶ権利が彼女にはある様に思える一方で、何とも稚拙な罵倒に幼さと可愛らしさの片鱗をも感じられる。そんな人物を演じてしまうマーラには感嘆せざるを得ません。
(特に、マーラが実際はシャイな人物である事を知ると、リスベットと同一人物とは思えない)
『ドラゴン・タトゥーの女』は舞台の雪国を燃やし尽くさんばかりのエネルギーを放ち、(『蜘蛛の巣を払う女』(2018年)は大いに期待外れだったものの)再びリスベットが銀幕に姿を現す日を待ち遠しくさせてくれます。
この映画を観られるサイト
『ドラゴン・タトゥーの女』は動画配信されていない様ですが(何で私が好きな映画はあまり配信されないのだろうか)、TSUTAYAでのレンタルがベストな方法かも知れません!
まとめ
『ドラゴン・タトゥーの女』はフィンチャー監督のスタイルが輝くスリリングなエンターテイナー。『セブン』や『ゾディアック』の雰囲気が好みであれば、間違いなく本作も楽しめると思いますが、そうでなくともルーニー・マーラやダニエル・クレイグのパフォーマンスには中毒性があるので是非一度鑑賞頂きたい作品。
ミステリーの質には過大な期待をすべきではありませんが、ストーリーとしては充分楽しめる仕上がり。
複雑に絡み合う様々な糸が解されていく気持ちの良さがあるので、ガッツリとサスペンスを楽しみたい夜には是非オススメしたい一本です。