ファースト・マンは哀惜の底から、栄光を掴むまでの物語

ファースト・マン


監督:デイミアン・チャゼル
出演:ライアン・ゴズリング、クレア・フォイ、カイル・チャンドラー、ジェーソン・クラーク、コーリー・ストール 他
言語:英語
リリース年:2018
評価★★★★★★★★☆☆




~”ニール・アームストロングと月に行ってみたい人は、是非IMAXと4DXでご鑑賞を”~
~”1960年代、前人未到の宇宙へ初めて挑んだ男の悲しみと感動のドラマ”~

 もくじ


 あらすじ


1961年-
NASAのテストパイロット、ニール・アームストロングは度重なる事故未遂を受け、謹慎処分を言い渡されてしまう
自宅では2歳半の娘、カレンが脳腫瘍を患っていた
彼女を救おうとするニールの努力も虚しく、暫くしてカレンは亡くなる
悲しさを紛らわそうとNASAのジェミニ計画に応募
計画の宇宙飛行士として採用されるが、彼を待ち受けるのは苦難の連続だった
人類で初めて月の地を踏んだニール・アームストロングの活躍を描く、ヒューマン・ドラマ


 レビュー

宇宙に人の手が届くのは、今となっては珍しくも感動的でもない。が、初めて宇宙に行った人間になって60年代のガタガタなロケットに乗ったドキドキ感と感動を味わいたい人には、とにかくお勧めの作品です。

映画”セッション”のチャゼル監督が送るファースト・マンは、伝記映画の中でもリアリティを追求した作品です。

スピード感や極端に胸を打つドラマチックな演出は目立たない、淡々とニール・アームストロングが月に降り立ち、生還するまでを描いた映画。でも観始めると、そんな演出は不要な理由が良く分かります。

ジェミニ8に搭乗してドッキングミッションに挑むも、船が異常なスピンを起こしてあわや大事故になりそうなシーンなど、コックピット内の緊迫した様子だけでこちらの心臓はバックバクします。アームストロング役のライアン・ゴズリングにクローズアップしたショットが多く、恐怖に歪んだ彼の顔だけで全てが伝わります。

間違ったタイミングで間違ったスイッチ一つが命取りになる中、様々なハプニングに見舞われるアームストロングら宇宙飛行士。手に汗握るには充分です。


ヘッドセットから聞こえる情報と刻々と変わる状況に合わせて判断が必要な緊迫感

出典:”First Man(2018) ©Universal Pictures”

音楽もミニマムで、正直、映画という感じがしない。余計なロマンスやスリルのエッセンスを織り込まないドキュメンタリーに近い印象ですね。

ファースト・マンからは宇宙のロマンや美しさではなく、ちっぽけな人間が鉄の塊にぶち込まれ、果てのない異世界に放り込まれて揺さぶられる恐怖と孤独感を味わう事になるでしょう。

スカイ君
一応はネタバレありになるのかな、ドンデン返しだとか驚く様なポイントは特段ないがエンディングを含むストーリー全体に触れてるぜ!ドキュメンタリーに近いタッチだ
地球と月を結ぶ二人

ニールとジャネット・アームストロング。

2歳半の娘を亡くしてから悲しみに包まれるアームストロング家ですが、ニールは寡黙で感情を露わにする事は少ない。一方で妻のジャネットは表情や、時には怒声を挙げて感情を表に出します。

何を感じているのか殆ど分からない主人公では、仮にアームストロングという人物を上手く表しているとは言え、鑑賞している側としては困りますよね。

目立つ演出は活用していませんが、チャゼル監督の巧妙とも言える演出の一つがジャネットの素直な感情の起伏を使った描写。


多くを語らず感情表現に乏しいニール・アームストロング

出典:”First Man(2018) ©Universal Pictures”

ゴズリングのニールは宇宙に居なくても、多くのシーンで陰りのある映され方をされているところもポイント。

地球のアームストロング家に居る時でさえ、ニールは家の柱や壁の影に隠されていたり、ドアの隙間からぼんやりと映されている事が多い。

月という”異世界”の人間であるニールは、今にも壊れそうな彼の宇宙船の様な脆い夫婦関係で地球のジャネットと繋がり、ストーリーに不可欠なドラマの世界へと誘います。

自分の家に居てもどこか淋しげで陰りがあるニール・アームストロング

出典:”First Man(2018) ©Universal Pictures”


冒頭の通りドキュメンタリーチックですが、フラットなトーンだけでなくてしみじみとした人間らしさも要所で感じられる仕上がりになっていますので、そうした点は確かな見どころ

ファースト・マンは月とアームストロング一家の自宅の間を舞台とするストーリーなのです。

勿論、良い塩梅でファースト・マンのドラマな一面を楽しませてくれるジャネット役のクレア・フォイの演技は本当に見逃せない。

月面旅行を思い描く様な甘いロマンはない

1972年のサイレント・ランニングや2013年のゼロ・グラビティなど、”孤独過ぎる怖さと無力感”を思い知らされる映画はいくつか思い辺りますが、ファースト・マンは間違いなくそうした映画のリストに加わる作品です。

特に、比較的最近(1969年)に起こった実話だと考えると尚の事恐ろしい。

参加するとしたら、地球上最も勇敢か・・・元々死ぬ気か。いずれにしても、私の様な凡人には理解し得ない心境です。


ほんの手違いでどんな悲劇になるか考えるとファースト・マンになる度胸もなくなる

出典:”First Man(2018) ©Universal Pictures”

ただ、愛娘のあまりに若くて悲劇的な死に直面したらこうでもしないと気が紛れないのかも知れません。そこも想像つかないし、今後もつきたくはないところ。

カメラワークも素晴らしく、宇宙船の閉塞感とそれが助長する宇宙の無力感を演出する為、撮影監督のリヌス・サンドグレンはクローズアップシーンで手持ちカメラを駆使している事が分かります。

アームストロングが乗ったポッドが緊急事態を起こして激しく揺れているシーンを大画面で観ると、あたかも自分が同じポッドで死に直面しているかの様です。あらゆるシーンで臨場感は抜群。

一方で、(ファースト・マンでは珍しい)宇宙や月面の美しいショットはワイドでしっかりと捉えてくれます。

こうした細かい工夫がファースト・マンをただの勇敢な先駆者が手にした栄誉の物語に留めず、リアルな体験型とも言える作品に仕立てあげてくれているのです。

暗に潜むファースト・マンの悲しみというテーマ

作中でニールが結果的に月面へ降り立つきっかけとなるジェミニ計画に応募したのも、カレンが死んでしまった絶えきれない悲しみから。

このストーリーのトリガー、このストーリーが存在する理由でさえありますね。考えてみれば超重要な要素です。

ドナルド・トランプ大統領は”ファースト・マンでは史実と違って国旗を月面に立てるシーンがない”と酷評したそうですが、これは国旗よりもテーマとして有意義な描写があったから。


ニール・アームストロングにとっての旅の終わりであり、ファースト・マンのストーリーの終わりの瞬間

出典:”First Man(2018) ©Universal Pictures”

チャゼル監督のストーリーでは、カレンはニール・アームストロングを歴史に残る偉大な男の一人にした大きな代償。その大きさがどれ程のものかを物語っているのがこのラストシーンです。

月面に降り立ったシーンでアームストロングが唯一、顔を隠している宇宙服のバイザーを上げたのは闘病中のカレンに彼があげたブレスレットを手放す時。バイザーを上げて、アームストロングの表情も見えるという非常に分かり易い表現ですが、これがチャゼル監督の”国旗”。

アームストロングは地球から眺めていた月を己の目で見つめ、彼をここまで突き上げたカレンへの情熱、ここに来るまで犠牲になった仲間たちへの想いへ別れを言う瞬間なのです。


何があっても月面一直線だったニールの支えはいつもカレンだった

出典:”First Man(2018) ©Universal Pictures”

そしてアームストロングがカレンのブレスレットを落としたのは、底が見えない闇の中ですが、この闇こそが彼の痛みの深さを表しているのだと思います。この瞬間に彼が何年もの間に感じていた罪悪感と悲嘆の大きさを、鑑賞している我々も思い知る事になるのです。

チャゼル監督が”セッション”でも見せた、”不屈の精神”、もう少し拡大解釈すると偉大な人間になる為に必要な、絶大な苦悶や悲しみを経験し、それを乗り越える強い意思をファースト・マンでも感じますね。

しっかりと胸を打つメッセージですが、実話がベースという事もあってとても重みと奥行きを感じた映画でした。


 この映画を観られるサイト

日本では19年2月に公開という事で、18年12月時点では勿論未配信の作品です。

ただIMAXで鑑賞した人として・・・絶対に映画館で観た方が良い作品です。こればかりは、是非劇場で観てください。

動画配信サイトでも取扱が始まり次第、こちらも適宜更新しますね。

 まとめ

ラストの月面シーンで少し報われた気持ちになる瞬間以外は、ズーンとした雰囲気が漂う中で苦難と悲しみに耐えて月面に降り立つファースト・マンとなる男の物語。

暗い気持ちになるというよりは、神妙でどこか心に響く重みあるストーリーと描写が特徴的な映画。

広大な宇宙にあの時代に挑んだニール・アームストロングの旅路を体験できるドキュメンタリーに近い映画ですので、私はお勧めしたい一本です。

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