マイ・ブックショップ
監督:イザベル・コイシェ
出演:エミリー・モーティマー、パトリシア・クラークソン、ビル・ナイ 他
言語:英語
リリース年:2017
評価:★★★★★★☆☆☆☆
~”『マイ・ブックショップ』は灰色の世界で花が育ち、しかし次第にしおれていく様子を観る様な映画”~
~”本屋になる事を夢見る女性が、苦しい時代に己の道を生きようとするヒューマン・ドラマ”~
もくじ
あらすじ
1959年、サフォークの小さな街でのお話
本が大好きな未亡人、フローレンス・グリーンは長年の夢だった本屋を街に開く事を決心する
古ぼけた小さな家を本屋に改装し、何とか夢を叶えたフローレンス
だが街の権力者、ヴァイオレット・ガマートはそれを良く思わない
ヴァイオレットは己の権力を誇示すべく、フローレンスの本屋を街の芸術品展示センターにしようと目論んでいた
政治的な圧力に屈するまいと力強く生きた女性を描いたヒューマン・ドラマ
レビュー
原作はペネロピ・フィッツジェラルドの小説。マイ・ブックショップは大人の為の、しんみりするベッドタイムストーリーという印象。
少し肌寒い風を感じそうな、侘び寂びを思わせる雰囲気が漂います。古書店独特の落ち着いた雰囲気がありますが、私は割と好きなムードでした。未亡人となって、以前からの夢だった本屋を開こうとするフローレンスも、お淑やかな女性。でもストーリーそのものは、結構な波瀾ぶりでサフォークの小さな港町に根付く古風なイデオロギーに抑圧されまいとするフローレンスの強さが描かれます。
戦争で亡くなった夫も夢見た本屋を開店するところまでは、特に難なく進みます。銀行で資金の借り入れを申し出るシーンでも、割とあっさり承諾をもらってそのまま開店へ。しかし、早くも暗雲の翳りがさします。街の権力者、ガマート夫人は彼女が本屋にした建物を美術センターに作り変えようと目論んで、滲み出る性格の悪さで彼女に牙を向きます。

出典:”The Bookshop(2017) ©Diagonal Televisió A Contracorriente Films”
とは言え、ウラジーミル・ノバコフの『ロリータ』を街の人にお勧めして売れるなど彼女の本屋はそれなりの成功を収めつつありました。しかし分が悪い事に、フローレンスは未亡人。女性が表立ってビジネスを取り回す事が良く思われていない時代に、ガマート夫人を後押しする住人も何人か出てきて・・・
そんな中、フローレンスは40年間、家に引き篭もって本ばかり読んで居る老紳士エドマンドと本を通じて知り合う。エドマンドはフローレンスの強い意思と本への愛に感銘し、住人の中で唯一彼女の後ろ盾となります。本屋を手伝ってくれる街の子供たちとエドマンド、共通しているのはフローレンスの人柄に惹かれた事と本が好きな事。何だかとても素敵な関係が出来てイイな、なんて思うのも束の間。
フローレンスとの絆を深め、お互いを信頼し始めた矢先に・・・

コテコテなラブロマンスは苦手な質なのですが・・・マイ・ブックショップの映画全体が醸し出す優美で落ち着きある情調もあり、エドマンドとフローレンスの関係はどこか凛とした大人の繋がりを感じて、好きでした。異性としての出会いではない事も大きいです。飽くまでもこよなく愛する”本”が繋いでくれた縁で、お互いへの尊敬にも近い感情から生まれた絆。
本屋の不自然に可愛いバイトが、これまた不自然にイケメンな好青年が買った本をきっかけに会話を始めて”ウフフ”や”ハハハ”、から始まる恋愛とかではないので。レジの向こうにジェシカ・バースが居るスーパーなんて俺が行ってみたいよ、まったく。
別に家に連れ帰ってイチャイチャして欲しいのではなくて、もう一歩関係を発展させてスクリーンタイムを増やして欲しかったという感じ。フローレンスとエドマンドが実際に会うのは映画の中でもたったの2度。

出典:”The Bookshop(2017) ©Diagonal Televisió A Contracorriente Films”
しかもですよ、最後は潮風が吹く海辺で優しくフローレンスの手にキスしてそのまま亡くなってしまう。率直な感想としては、彼女の後ろ盾となる味方が居なくなってしまった喪失感と、まだフローレンスと先があったかも知れないのに!というくらいの感情で、ハッキリ”悲しい”とは言えない印象。



いや、別に泣かせて欲しいのではないんですけど・・・もう少し重要キャラクターとして重みを与えて欲しかったし、与えられる余地があったのに、と言う勿体なさを感じざるを得ませんでした。
渋くも少し暗いオーラを纏ったエドムンドは、それなりに存在感と威厳のある老人でどこか寂しさから滲み出る優しさもあり、マイ・ブックショップ全体に漂う(英国特有の悪天候故か)重めな空気を少しマシにしてくれる存在にも感じました。
原作を読んでいないので何とも言えない面はありますが、そんなこんなで不完全燃焼な感じではなくてカタチにしてくれると良かったなと言う思いはありましたね。
フローレンスに起こる事を見ていると割と明らかではありますが、明白な階級制度が上下関係を決める風潮を描いた映画です。個人的には、テーマは分かったけどその先のメッセージはあまりハッキリしませんでした。この保守的な世界が問題だと言いたいのか、そうあるべきだと言いたいのか、或いはメッセージはそれと関係ないのか。
マイ・ブックショップを開いたフローレンスの行先を阻む原動力は政治的なしがらみや、当時の文化とも言える保守的な考え方。本屋を開くと言うささやかな望みでさえも難を極める様子を描く事で、当時を風刺している様な気もしますがしっかり腹落ちはしないのが正直なところ。

出典:”The Bookshop(2017) ©Diagonal Televisió A Contracorriente Films”
ドラマ映画だけあって、強いメッセージ性があっても良い気はしますが。
それともう少し感情的にならせてもらうと・・・何故屈する!フローレンスが最後に追いやられて街を後にするシーンは、虚しさが込み上げます。フローレンスは手段を選ばない様な人間ではないし、権力者に屈さざるを得ないのは理屈では分からないでもないですが、もっと根回しして抗う事も出来たんじゃないのかなと。スクリーンの向こうから無責任な事言うけど、もっと頑張ってくれよフローレンス。

演出や描写として少し残念だったのは、英国サフォークらしさを詰め切っていない事。独特の訛りがあるサフォークですが、役者からは再現されている感じが無くて若干の違和感あり。似た話で、特に階級社会をテーマにとるなら労働階級のクリスティーンも教養があり過ぎやしないか・・・細かく見るとアンバランスさが少し出ている感は否めません。
階級社会の生きづらさや理不尽を描きつつもハッキリとはしないメッセージ。
勝手な解釈ですが、私がより感じたのはガマート夫人を含む街の住人がいかに教養に欠けているかという事。フローレンスが開いたのは街で唯一となる本屋で、それを潰そうとするのは・・・言い換えると、本や読書など二の次だという意識に他ならないと感じました。
本や書籍は大事な情報源で、人の思考を刺激してくれる素晴らしい物ですが彼らにとってはそんな事より、女性がビジネスオーナーになる事の方がけしからん訳です。そんな彼らの情報源は本ではなく、専らゴシップ。現代でこそ原始的とも言える考えと風潮・・・
いや待て、読書もせず噂やネタ記事に貼り付いている現代人も一緒ではないか。

出典:”The Bookshop(2017) ©Diagonal Televisió A Contracorriente Films”
教養や知識を象徴する”本”の価値も分からず、ゴシップやエゴで生きている人々が生きる半世紀前の街は2019年を生きる、今の我々と変わらない気がしてなりませんでした。スマホが全ての情報源で、LINEだとかYahooニュースだとかメディアは違っても結局得体の知れない誰かや、信憑性も良く分からない情報から信じたいものだけ信じて広げて行く。
半世紀も前の田舎に生きる人間と現代人が大して変わらないって面白い様な悲しい様な。
原作や監督にそうした意図があったのかまでは分かりませんが、インパクトが一番強い気付きとしてはそうした今の日常が50年前と変わらず、本当に価値あるものを蔑ろにしてしまう人間が多い事
単純にスマホを置けば良いというものではないと思いますが、いずれにしてもこうして考えさせられる側面もあるマイ・ブックショップ。パンチ力に欠ける節はありますが、総合的にはフローレンスの人柄の良さもあって彼女の本屋がどの様な運命を辿るのか気になって最後まで観たくなる映画。一度は観てみる事をお勧めしたいマイ・ブックショップでした。
この映画を観られるサイト
日本では劇場公開3月との事で動画配信サービスではまだ観られませんが、それまでは映画館で!
まとめ
英国の淋しげで灰色気味な渋いアンビエンスが好きなら、スクリーンに映し出される町並みや風景もストーリーと一緒に楽しめるでしょう。今では原始的とも言える風潮の中で、本への愛と我が道を貫こうとした強い女性の物語は一見の価値あり。
マイ・ブックショップは登場人物も少ない映画ですので、キャラクターの個性や魅力をもっと凝縮してくれたら、とても胸打つ作品になった事でしょうけどそこが惜しい。フローレンスはとても魅力的でしたが、取り巻く人間の素顔はもっと色濃く描いて欲しかった。
と言っても、多少なりとも感情の奥底に優しく触れてくる映画ですので、ゆっくりとヒューマン・ドラマを楽しみたい方には是非観て欲しい作品です。
